眠ろうと思っても眠れない」「仕事中の眠気を何とかしたい」

 「眠ろうと思っても眠れない」「仕事中の眠気を何とかしたい」など、現代人に睡眠の悩みはつきものです。 本書の著者で、作業療法士の菅原洋平さんは、睡眠を司るのは・メラトニンリズム(毎日同じ時間に光を浴びることでメラトニンが減少するリズム)・睡眠-覚醒リズム(起床8時間後と22時間後に眠くなるリズム)・深部体温リズム(体内の温度は起床11時間後に高くなり、22時間後に低くなるリズム)の3つの生体リズムだと言います。 では、この3つのリズムをどのように利用すれば、眠りの悩みを解消することができるのでしょうか。 菅原さんご本人にお話をうかがってきました。
―『朝昼夕3つのことを心がければOK! あなたの人生を変える睡眠の法則』についてお話を伺えればと思います。まず、本書で書かれているような“睡眠の質”の向上が、日常生活にどのように関わってくるのかというところをお聞かせ願えればと思います。
「本の最初の章で書いた、“やる気”という部分ですね。“やる気がある状態”を作ったり、“やる気にさせたり”するのに、多くの人は「お給料を上げる」とか「自分にご褒美をあげる」とかそういう方法を考えてしまうのですけど、脳は“適度に覚醒をしている状態”を作らないと、“やる気”にはならないんです。睡眠の質というと、とにかくぐっすり眠りたいと言われる方が多いのですが、睡眠の質を高める本来の目的は、起きている時間に何に対してもやる気を持って取り組みたいということだと思います。昼間をいかに充実させるか、という視点から睡眠を見てみると、活用できる機能がたくさんあるということから、睡眠の質とやる気を合わせてお話させていただきました」
―自分の睡眠が昼間の行動にどれくらい関わっているのかというのは、案外わかっていない人が多いのかもしれません。質の高い睡眠をとるためにはどう寝たらいいかということも、学校などでは教わりませんし。「そうですね。他の先進国では学校で睡眠についての授業がありますし、大学の講座にも睡眠学というのがあるんですけど、日本にはありません。日本の医学部には睡眠科がなかったので、睡眠というものを系統的に教えられる人材が少なかったんです」
―確かに、「睡眠科」というのは聞いたことがないです。「睡眠科というのは、たくさんの科を跨ぐんですよ。外科の要素もありますし、内科や精神科、耳鼻咽喉科も関わります。それらを束ねる構造的なものも必要ですしね。そのせいか、日本では現状どの科にとっても睡眠は付属的な扱いになってしまうので、あまり重要視されていません。それもあって、患者さんの立場からすると、“眠気がひどくて・・・”という相談をしても医師からは、いびきとの関連から鼻の機能の話ばかりをされる、というようなチグハグなことが起こってしまいます」
―第2章「脳の警告サインをキャッチする」が興味深かったです。本の中では「タンスの角に足をぶつける」「直前までやろうとしていたことを忘れてしまう」ということを脳の覚醒レベルが下がっている兆候として挙げられていましたが、本書に書かれているものの他にもそういったサインがありましたら教えていただければと思います。「人と話している時に、顔や首をひんぱんに触るというのも、脳の覚醒レベルが下がっているサインです。会話をするためには脳を強く覚醒させないといけません。脳を覚醒させる物質にヒスタミンというものがあって、睡眠不足の状態で会話をする時はその物質が強く働くので敏感な部分がかゆくなるんです。脳がしっかり覚醒していれば、ヒスタミンはそれほど増える必要がないのですが、いつも眠い状態だと普通に会話する場面でもかゆくなるんですよ。だから、誰かと話している時に顔などを触ってしまうということが起こります」
―自分を振り返ってみると、結構触っているかもしれません。「それと、作業をしている時に“ちょっと集中できないので静かな場所でやってきます”といって席を外すというのもサインとして挙げられますね。脳の覚醒レベルが高い状態なら、脳の中で上手に周囲の音を遮断できるので、周りで多少音が聞こえても目の前のことに集中できるんですけど、睡眠が不足して覚醒レベルが下がると、聴覚をうまく遮断できなくなって、周りの音が大きく聞こえてしまうんです」
―仕事をしていると、どうしても平日は十分に睡眠時間を取れないということがあります。そんな時でも体調を崩さす、集中して仕事に取り組めるようにする方法はあるのでしょうか。「この本の中で、人間に備わっている3つの生体リズムを解説しています。“メラトニンリズム”という、光で調整するリズムと、“睡眠-覚醒リズム”という脳のリズムと、“深部体温リズム”という内臓のリズムの3つです。このうちの内臓のリズムである“深部体温リズム”というのが、私たちの体調を作っているリズムです。体調を崩さないという点で言えば、この深部体温リズムがずれないようにするのが一番大切なことです。深部体温というのは体の内部の体温のことで、夕方に一番高くて明け方に一番低いというリズムがあります。これをずらさなければ不規則な生活をしていても、とりあえずは大丈夫なんです」
―“深部体温リズム”は体の内部の温度ということですが、食事のタイミングも睡眠と関係してくるのでしょうか。「食べ物が胃に入ると、内臓の動きが活発になるので温度は上がります。内臓の温度が上がると眠れなくなるので、夜遅く食事を摂ると寝つきが悪く、浅い睡眠になりやすいというのはいえます」
―“深部体温リズム”を崩さないためにはどういったことが大事になるのでしょうか。「夕方に寝てしまったり、明け方に起きていたりするのはまずいということです。つまり、夕方は深部体温が上がっていて体がよく動く時間帯なので寝てはダメで、明け方は深部体温が下がり、眠くなる時間帯なので、この時間帯はそのまま下げていないといけません。ところが、夕方に寝て、明け方に起きるということをすると、このリズムが後ろにずれたり、前にずれたりします。そうすると体調を崩しやすいんです。正確には、深部体温は夕方・明け方というよりも、起床した11時間後に上がって、22時間後に下がるというものなので、たとえ徹夜をしていても前の日に起きた時間の22時間後に15分だけでも寝るということが大事になります。そうすればまた深部体温は上がってきますから」
―普段朝7時に起きている人が、ある日突然午前3時に起きて仕事をするというのはあまり良くないわけですか?「そうです。ただ、どうしてもやらなきゃいけない時もあるじゃないですか。そういう時は、3時に起きたとしても、普段の7時起床に合わせて、11時間後の18時に深部体温を上げて、22時間後の5時に下げておけば、リズムはずれません。イレギュラーなことがあっても普段の深部体温リズムをずらさないことが大切になります」
―それと、仕事をしている人でありがちなのが、平日に睡眠時間を十分取れないから、休日に寝だめするというものなのですが、これはあまり体に良くないという話を聞きます。
「この本では“内的脱同調(ないてきだつどうちょう)”という言葉で説明しています。内的脱同調というのは、体内のリズムが相互に同調せずにずれてしまうことです。体調が悪い時というのはこの状態になることが多いんですけど、寝だめというのはこの内的脱同調を引き起こします。それと、寝だめには先ほどお話した3つのリズムのなかの“睡眠-覚醒リズム”が関わってきます。これは起床した8時間後と22時間後に眠くなるというリズムです。寝だめというのは、平日7時起きの人が休日は10時に起きるというようなことだと思うんですけど、これだといつもより3時間遅れて起きているわけで、そうなると“睡眠-覚醒リズム”も3時間遅れてスタートします。一方で、“深部体温リズム”は、普段の7時起きのリズムのままです。だから、10時起床の8時間後、18時に眠くなるタイミングがくるのですが、これは普段の起床時間の11時間後ということなので、深部体温が最も上がる時間と重なってしまいます。そうすると、平日活発に動いている時間に、眠くなり、眠ってしまうと上がるはずの深部体温が十分に上がりません。その晩は寝つきが悪くなってしまいます。連休の場合は、翌日の起床がさらに遅くなり、月曜日の朝に急激に早起きをする。これが良くない」
―休日でも平日と同じ時間に起きた方がいいんですね。「これは“メラトニンリズム”に関わることなのですが、たとえ起きないにしても、普段の起床時間に一度部屋を明るくして光を浴びることで、“ここが1日のスタートです”と脳に教えて、リズムだけは普段と同じ時間に固定することが大事です。それをやってからもう一度寝ればいいわけで」
―二度寝するにしても、一度光を浴びれば、“内的脱同調”は起こらない。「そうです。ただ、深部体温が上がる夕方には眠らないようにしないといけません。それさえ気をつけていれば、普段と違う時間に寝ても大した影響はないです。いざ二度寝しようとすると明るい中では案外眠れないものですけどね」
―昼間の活動が一番うまくいく睡眠時間というのはあるのでしょうか。「それはないです。起床した時間の4時間後に眠気がこなければ、睡眠時間が足りているというのが臨床的なサインなので、何時間睡眠であろうが、起床した4時間後にあくびをしていないか、体がだるくなっていないかというところで判断すればいいと思います」
―これもよくあると思うのですが、二度寝して遅刻をしてしまうという人はどうすればすっきり起きられるのでしょうか。「二度寝してしまうというのは、一度目に目覚めた時に体を起こせないということですよね。本でも書いていますが、これは脳にきちんと光を届けるということが大事になります。部屋の中で過ごしていると光が足りないので、なるべく窓の近くに行って、脳に光を届けましょうということが第一です。起きたら、とにかく窓のそばに行くということをやってみるといいと思います。 これを毎日やっていると、メラトニンリズムが揃ってくるので、段々と二度寝の時間が減ってくるはずです」
―菅原さんのところには様々な方が睡眠について相談にいらっしゃるかと思いますが、特に多い相談というのはありますか?「私が企業を対象に仕事をしているからだと思いますが、“眠れない”というよりは、“日中眠い”というものが多いです。たとえば、“日中眠いのに、仕事が終わったらなぜか眠くない。休日も眠くないので仕事中だけが眠い。もしかしたら仕事がストレスで嫌なのかも知れないということで心療内科にかかりました”と。こういう展開は、割と多いですね」
―最近の風潮だと、やはりそっちに行きますよね。「そうですね。睡眠はメンタルの話と直結します。ただ、精神的なストレス状態の人と、心身ともに元気だけど睡眠を奪われた人、それとうつ病の人、それぞれの脳をスキャンすると、程度の差はありますがみんな似たような構造になっているんです。つまり、ストレスがなかろうが、うつ病でなかろうが、睡眠が奪われれば脳の構造はうつ病の人や強いストレスを感じている人と同じになるんですよ。だから、睡眠不足の状態を自分で作っておいて“ストレスが”とか“あの上司が…”と言うのはそもそも話が逆で、ストレスがあるから眠れないのではなく、眠っていないとどうでもいいことでもストレスになりやすいということなんです」
―なるほど。「ストレスという言葉に汎用性があるせいか、メンタルヘルスとかうつ病などのキーワードが逃げ道っぽく使われてしまっているところはあると思います。私が仕事としてやっているのは、そういう複雑なことは後から対応するとして、まずはセルフケアの能力を高めましょう、ということです。ストレスの要因を自分でコントロールするのは相当に難しいですし、セルフケアだけでうつ病から脱却するのもとても難しいのですが、睡眠不足や睡眠の質をコントロールするのは自分でできますから。まずは自分でできることをやってみましょう、ということですね」
―睡眠障害の人が増えているという話をよく耳にしますが、睡眠障害の状態とそうでない状態の境目はどこにあるのでしょうか。「端的に言えば、日常生活に影響があるかどうか、ということです。障害というものは全てそうなのですけれど、はっきりした境界はありません。だから、自傷他害の恐れがないというのが大前提としてありますけども、人が日常生活を送るのに支障がなければ障害ではないんです。たとえば、その人が会社生活を営んでいることでたくさんの人が迷惑していたら、これは障害だといえますが、その人が山奥に一人で暮らしているなら誰にも迷惑をかけませんから障害とはいえません。このように、どんな状況に置かれているかでも障害のラインは決まります。睡眠障害を検出する“ピッツバーグ睡眠評価法”というのがあるんですけど、この評価法で5.5点以上の人は、医学的に問題があるといわれています。以前、それを50人ぐらいの研修でやったのですが、5.5点を下まわった人は誰もいませんでした。私も13点くらいでしたから。つまり、その時にやった50人はみんなそのテストだと睡眠障害だということになります。でも、生活に支障をきたしていないし、なんとかパフォーマンスを発揮しているので、その結果だけで睡眠障害と断じてしまうのは本人の生活を改善することに役立ちません。“ピッツバーグ睡眠評価法”のように、睡眠障害かどうかを点数として出せるものは結構あるのですが、全然寝ていなくて常に眠い状態でも、本人が困っていなければ治療対象にはならないということもあります」
―睡眠障害を自分で改善することはできるのでしょうか。「基本的に、睡眠の治療は薬物療法か認知行動療法ですが、このうち認知行動療法は自分でやるものです。そういう意味では、自分で改善することができるということですね。薬物療法の方は、自分に足りない物質を一時的に薬で補うということなので、自分の力だけでなく薬の力も借りるという表現になると思います。睡眠は生活のスタイルと直結しているので、睡眠障害の改善には生活スタイルを変えるということが必須条件になります。ただ、生活スタイルといっても今は凄く多様化しているので、こういう生活がいいですよ、という答えはないんですよね。ということは、万人に当てはまる一定の法則性を見出して、それ見合うように自分なりに工夫をしてみましょうという風に持っていかないといけません。それでこの本ができたんです」
―最後になりますが、睡眠について悩んでいる方々に対してのメッセージをいただければと思います。
「この本について皆さんからいろいろとご感想をいただくのですが、皆さんが一番欲していたのは、“体の調子が悪くなってから対処をするという考え方をいい加減にやめたい”ということなんだなと思いました。この本で書いている生体リズムというのは、“この時間に起きたということはこの時間にはこうなる”ということが予測できるツールだと思います。これを理解しておくと、表面的な体調の良し悪しに翻弄されることなく、先を見越して行動できるようになるので、いろいろなことがうまく噛み合うようになるはずです。新しく何かを始めるということをしなくても考え方を変えることで先を予測できるというのが生体リズムの一番の魅力なので“○時間後にこういうコンディションになっていたいから、今はこうしておこう”というように使いこなしていただけたらうれしいです」
2014-02-16 20:55