情報が豊かな状態で、
しかもネットなどで個人間での情報量にあまり差がない状態で、
それでも情報操作されてしまう情報弱者の場合、
誰か『保護者』が必要なのだろうか、
そのあたりの難しさはある。
自己責任でしょうといえば、そういう面もあるが、
そう言ってはかわいそうな面もないではない。
診察場面ならば、どの情報に接してどう解釈したかを
細かく分析することができて、解釈の次元での問題を話し合うことができる
しかしマスになると、
そのような個別の解釈の仕方の問題を取り上げることは難しく
だいたいが情報発信側の情報操作の仕方を問題にする
実際には分かる人にはすぐに分かるのだし
わからない人にはわからない人なりの理由があるのだ