「だるい」「朝、起きられない」「休日にゴロゴロしても休んだ気がせず、疲れが残る」…。こんな状態が続くビジネスパーソンは珍しくない。気になる疲れの正体やその解消法を、疲労研究に25年以上携わる関西福祉科学大学教授・倉恒弘彦さんに聞いた。第1回は疲れのメカニズムについて。意外なことに倉恒さんは、疲れは人間にとって必要な感覚だと言う。
約4割の人が半年以上続く慢性的な疲労を感じている
2012年に厚生労働省疲労研究班が一般地域住民2000人を対象に実施した疫学調査によれば、38.7%の人が半年以上続く慢性的な疲労を感じており、そのうち2.1%には日常生活に支障をきたすような慢性的な疲労が見られた。
また、2012年に文部科学省研究班が行った医療機関受診患者の調査でも、約45%に半年以上続く慢性的な疲労が認められた。
「1970年から1980年代にも6~7割の人に疲れが見られましたが、大半は一晩寝ればとれる軽い疲れでした。インターネットやスマートフォンの普及、企業でのリストラの加速、成果主義の浸透など、生活や労働環境の変化に伴い、今は慢性的な疲れに変わってきています。ストレスの質が変わってきたといえるかもしれません」(倉恒さん)
疲労は体の異常を知らせるアラーム信号
疲労のきっかけの一つは、ストレスだ。ストレスには人間関係の悩みなどの「精神的ストレス」だけではなく、過重労働や激しい運動のような「身体的ストレス」、紫外線や化学物質、猛暑、感染症などのさまざまな「生活環境ストレス」もある。
これらのさまざまなストレスがかかると、体の神経系・免疫系・内分泌系のシステムにひずみが生じ、細胞レベルではタンパク質や遺伝子に傷がつく。本来、人間にはそれを修復する能力が備わっているが、運動や作業を止めずに続けた場合や、過度のストレス状況に置かれた場合などには傷を修復することができない。そのため、人は「だるい」「しんどい」という感覚で疲労を自覚することによって、休息をとり、元の健康な状態に回復させている。
「疲労は痛み・発熱と並んで、体の異常や変調を知らせる三大アラームの一つ。人間にとって必要な感覚なのです」(倉恒さん)
では、「休め」という体の警告を無視して働き続けるとどうなるのだろう?
疲労感を覚えたら、一旦活動を休止して休息するというのが健全な状態だ。とはいえ、現実的には「分かっていてもなかなか休めない」という人も多い。「休め」というアラームを無視して働き続けると、「細胞の傷が修復できなくなり、心筋梗塞や脳血管障害などの深刻な事態に陥ることもある」と倉恒さんは言う。
そうした疲労のメカニズムをもう少し詳しく見てみよう。
[画像のクリックで拡大表示]図1 慢性的な疲労に陥るメカニズム ストレスは、体の神経系・免疫系、内分泌系のシステムに絶えず影響を与えているが、通常は体にひずみが生じても修復され、この3つのシステムが大きく崩れることはない。
しかし、修復能力を超える強大なストレスや、長期間にわたりストレスがかかると、次第にナチュラルキラー(NK)細胞などの免疫力が低下して、ウイルスに対する抵抗力が弱くなる。すると体に潜在していたウイルス(ヘルペスウイルスなど)が元気になってきて、口唇ヘルペスのような発疹ができたり、風邪を繰り返したりする(ウイルスの再活性化)。
こうなると免疫系は防御体制を発令して、体を守るための免疫物質をつくり出す。この免疫物質はウイルスを抑えるのには有効だが、脳に悪影響を与える。それが、なかなかとれない疲れや不安・抑うつなどの症状を引き起こすのだという(図1)。
「最近の研究で、このような免疫物質は脳の中でもつくられていることがわかってきました。免疫物質が脳内でつくられると、セロトニンなどの神経伝達物質を介して行われる情報交換がうまくいかなくなり、さまざまな慢性疲労の症状が現れるのです」(倉恒さん)
長年の疲労研究の成果により、さまざまな疲労に伴う症状には、脳の機能異常が関係していることが明らかになってきている。機能異常が起こる脳の部位と、全身の痛み、疲労感、抑うつなど、現れる症状との相関もわかってきており、これからは脳の画像で疲労を診る研究が進むとみられる。
セロトニンなどの神経伝達物質による脳内の情報交換がうまくいかなくなると、疲れているのに疲労感を自覚できなくなることもある。いわば「疲労感なき疲労」だ。
「周囲からほめられて一時的に達成感を味わったり、自分は必要とされていると思うと、脳の中で快楽を司るドーパミンや、怒りのホルモンといわれるノルアドレナリンなどの神経伝達物質が増え、疲労感が覆い隠されてしまうのです」(倉恒さん)
実はこの「自覚なき疲労」が危険だと倉恒さんは指摘する。
慢性疲労に陥る前にまずは自分の疲れを意識しよう
覆い隠された疲労は、自覚はなくても体の活動能力は低下している状態。気づかずに活動し続ければ、最悪の場合、過労死などの急激な破綻につながることもあるため注意が必要なのだ。こうした自覚しにくい疲労の状態を知るためにも、客観的に疲労を評価できるバイオマーカー(生物学的指標)が求められる(詳しくは第3回目の記事で紹介する)。
個人レベルでは、慢性的な疲労に陥る前に、自分の疲れの状態に心を配り、その日の疲れはその日のうちに回復させることを意識したい(詳しくは次回の記事で紹介する)。また、同じストレスでも、それに対する感受性やストレス処理(コーピング)の仕方によって、疲れの感じ方は大きく違ってくる。
「こだわりが強い固着性気質、完璧主義の人は高い成果を上げることができますが、ストレスを強く感じやすいことも知られています。より意識してしっかりとマネジメントすることが大切です」(倉恒さん)
具体的にどうすればいいかというと、ストレスがあるときは誰でもその原因を分析し、解決しようとするが、なかなか解決できない場合は、可能であればその状況から“抜け出すこと”が重要だ。それができない場合は、家族や友人、同僚などに自分の状況を説明して共感してもらう、あるいは、怒る、泣くといった感情表現をすることも大切だという。
1日の睡眠や週末の休息では回復しない疲労が蓄積している場合は要注意だ。1カ月以上続けば「遷延性疲労」、6か月以上続けば「慢性疲労」と呼ぶ。慢性疲労症候群と呼ばれる病気が慢性疲労と混同されることがあるが、慢性疲労症候群は日常生活そのものが破壊されるような深刻な病態であり、単なる「慢性疲労」とは区別する必要がある。長く疲労が続いている場合は、医療機関へ相談を(慢性疲労症候群については第4回目で詳しく解説する)。
次ページで紹介する疲労度チェックリスト(図2)も参考に、まずは日頃から疲れの状態をセルフチェックする習慣を持とう。
図2は、疲労度を自己診断するためのチェックリストだ。各項目(の白い点数欄)に、「全くない」から「非常に強い」まで当てはまる点数を記入する(ピンク色の点数欄には記入しなくてよい)。記入が終わったら同じ列の点数を合計すると、身体的、精神的、それぞれの疲労度合いが、両方を足すと総合評価が分かる。「疲れたな」と感じたら、こうしたリストを使って疲れ具合をチェックしよう。
2016-08-09 09:53