LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)などの性的マイノリティ

採録
あなたの友人や同僚に、LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)などの性的マイノリティの人はいるだろうか。
電通総研が2012年に発表した調査によれば、5.2%(約20人にひとり)はLGBTだという。LGBTの人たちによって新しい市場が生まれ、アジアに先駆けて、LGBT支援を宣言した地方自治体も誕生している。
LGBTが働きやすい職場について聞いた前編につづいて、後編では、企業や自治体の取り組みのほか、同性パートナーの法的保障のニーズや同性婚制度について、特定非営利活動(NPO)法人・虹色ダイバーシティの代表で、LGBT当事者でもある村木真紀さん(写真)に話を聞いた。
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■日本の新たなLGBT市場
——LGBTを新市場として、前向きにとらえている業界は?
今わかりやすいのは“同性結婚式”の市場ですね。それまで結婚式をしなかった人たちが結婚式をするようになったので、丸ごと市場が増えました。
これは日本で特有の状況です。欧米は同性婚の法律ができたことで、同性結婚式市場が花開いたんですが、日本はまだ法律が出来てない段階なのに、結婚式を挙げるカップルが増えているのです。私が2013年に招待された結婚式は、実はすべて同性結婚式でした。
今までウェディング業界がLGBT市場に参入しなかったのは、市場規模がわからなかったからですが、同性結婚式をやってみると、参列した人やYouTubeを見た人が「自分たちもしたい」と式場に問い合わせをするようになったんです。ニュースになることで結婚式をしたい人が増えている……。今まさに市場が生まれていて、すごく面白いと思います。
——同性結婚式に参加されて、いかがでしたか?
とても感動的ですね。今まで、LGBTであることを含めて「おめでとう」といわれる機会はほとんどなかったと思うので、結婚式が、当事者にとっては“社会的な承認のセレモニー”になっているのです。両親のスピーチになると、本当にゲストも含めてみんな泣いてしまいます。
私が参列した式は、たまたま東京が多かったですが、全国でLGBTの結婚式は行われています。京都にある寺院・春光院で行われた式にも参列したことがありますよ。
■自治体のLGBT支援 の取り組み
——LGBTを支援する自治体も誕生しているそうですね。
大阪市淀川区が2013年9月に「LGBT支援宣言」をして、翌年2014年7月からLGBT支援事業を始めました。たまたま私たちの事務所が淀川区にあるんですが、民間出身だった淀川区の区長が、ゲイであるアメリカ総領事と出会ったことが始まりです。区長が「高い自殺率」などLGBTの社会問題に関心を持たれたことで、区の独自事業としてスタートしました。
淀川区のLGBT支援宣言は、日本中のメディアだけでなく海外のメディアも取材に来ました。オランダやアメリカからも視察の方が来たんです。
——LGBT支援宣言によって、先駆的な自治体になった。
こんなに注目されることになって、淀川区も驚いたと思います。家族制度が根強く残る東アジアの国で、初めて自治体がLGBTを公に支援すると宣言したことは、実は国際的なニュースだったのです。
私たちはNPOとして、区の電話相談やコミュニティスペース(お茶会)の運営を受託しています。一般的なLGBTのイベントにはハードルが高くて参加しにくい人でも、自治体主催のお茶会なら参加できます。
コミュニティスペースを知ったLGBTの人が「ここなら自分も受け入れてもらえる」と思って、「私が参加してもいいんでしょうか……」と恐々やって来るんです。まさに「あなたのための場所ですよ」とお伝えしています。
自治体が取り組むことで、身体障がい者のLGBT、精神疾患を抱えるLGBT、生活保護受給者のLGBTなど、より複雑な悩みを抱える人たちの声も集まってきました。私たちも、この事業を通じて、より困っている人たちの声を聞くことができるようになりました。
yodogawa淀川市のステッカー
■淀川区の職員の取り組み
——LGBT支援事業による、淀川区の職員の変化は?
LGBT支援宣言をした2013年に、全職員を対象にした研修を6回行いました。2014年も6回行っています。最初のきっかけは区長でしたが、1年間ちゃんと続けたことで、今では淀川区の職員のみなさんにとって、LGBTは常識です。LGBT研修を受けたあと、職員のみなさんは、淀川区のゆるキャラ「夢ちゃん」に虹をあしらったイラストを作って、全員が名札に付けてくれました。
区役所には、各階の各部局にLGBT支援事業のポスターが貼ってあります。LGBTの問題は横断的で、子育て中のLGBTもいますし、生活保護を受けているLGBTもいますが、どの部門のみなさんも自分の仕事の一環としてLGBT支援に取り組まれています。こんな自治体は他にありません。
子供たちの通学路にある「区のおしらせ掲示板」にも、虹を描いたポスター(写真)が貼ってあります。私は、高校生のときにレズビアンだと自覚しましたが、「この地域には、自分ひとりしかいない」と思って地元を離れて進学しました。もし淀川区のLGBTの子供たちがあのポスターを見たら、ものすごく励まされると思います。
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虹を描いた淀川区のポスター

■同性パートナーが抱える法的なデメリット
——同性結婚式は増えつつありますが、今の日本には同性婚制度はありません。あらためて同性婚制度がないことによるデメリットを教えてください。
社会的に様々な問題がありますが、わかりやすいところでは金銭的なデメリットも大きいですね。所得税の配偶者控除はないですし、パートナーの医療保険に被扶養者として入ることもができないので、それぞれが健康保険に入らなくてはいけません。会社員のパートナーでも、国民年金の第3号被保険者にはなれませんね。
民間の生命保険に入っても、受取人をパートナーにすることはできませんし、パートナーに何かあっても、社会保険の遺族年金や遺族補償などは出ないです。相続ができないので遺言で財産を残すことになりますが、その場合は相続税ではなく贈与税になります。
このように、一般より税金を多く払っていても、自治体の助成、例えば公営住宅への家賃補助や不妊治療への補助など、「婚姻」が前提になる助成金は受けられないのです。各種の民間の家族割引サービスも、ほぼ受けられないですね。
大きいところだと、家を買うときに共有名義にできませんので、銀行はカップルの片方だけの収入で審査して、住宅ローンを組むことになります。ふたりの収入を合わせたら買える家も、買えなくなるのです。細かいところでは、自動車保険も、家族だけの補償プランに同性パートナーは含まれないので、誰が乗っても補償される、やや高額のプランに入る必要があります。
——現実的に、大きな問題ですね。
今いったような生活上の不便は沢山ありますが、社会的にはまだ可視化されていない。しかし私は、これは“時限爆弾”のようなものだと思っているんです。
今、LGBTとして目に見えている世代の年齢は、だいたい40代が上限。オネエタレントの人たちもその世代ですね。これは90年代のゲイ・ブームのときに若者だった世代です。それより上の世代は、例えばゲイだと自覚しながら女性と結婚するなど、LGBTとしての人生を歩んでない人が多いんです。
今はまだ40代で元気ですが、あと10年したら、病気や怪我で働けない状況になる人も出てきます。親の介護をする人も増えてくるでしょう。このときに法律がないことが、大きな問題になってくると思っています。例えば、親が要介護になったときに、自分の親なら介護休暇を取れますが、パートナーの親では休暇は取れません。どちらかが仕事を辞めなければならなくなります。
今、LGBTの法的保障があまり盛り上がってないように見えるとしたら、それは当事者がまだ40代だからです。あと10年経って、本当に必要なときに法律がなかったら、いろんなトラブルが起きてくるはずです。だから私は、この10年で進めなくてはいけないと思っています。法律がなくて困るのは、本当に困ったときですから。
■同性婚制度が求められる理由
——対応が急がれる課題なんですね。他にどんな法的保障が必要ですか。
そうですね。最近、私のレズビアンの友人たちが、精子提供を受けて、子供を産み始めています。子供が生まれると、子供の法的な安定性を考えるようになります。結婚という形を取るかどうかは別にして、同性パートナーの法的保障はあるべきだと思います。ないと困ります。
仮に、私のパートナーが子供を生んだとしたら、パートナーとその子供は親子関係になります。パートナーは法的には未婚の母、シングルマザーです。私の方は、その子供と法的なつながりは何もありません。一緒に子育てはできたとしても、もしパートナーが不慮の事故で亡くなったら……私がその子を養子にして育て続けることはできないんです。
日本の今の制度では、パートナーの親族が子供の親権を主張したら、そちらの方が強い。私がその子と一緒に住んでいて、現実に養育していても、法的なつながりには勝てない。もしパートナーの両親と折り合いが悪ければ、子供に会わせてもらえなくなるかもしれない―—相続が絡むこともあり、非常にシビアな問題です。現実的に、子供がいるレズビアン・カップルは増えているので、こちらの法整備のほうが緊急度は高いかもしれません。
■同性愛、日本の世論は「認めるべき」が過半数
——LGBTファミリーのための法整備も必要なんですね。同性婚の合法化などは何が課題でしょうか。
下図は、国際的なリサーチ会社によるデータですが、「身近にLGBTの人がいる」と答えた人は、日本は下から2番目に低い5%です。周囲にカミングアウトする人が少ないんですね。一方、65%を超えている上位のスペインやノルウェーは、同性婚が合法化されている国。やはり結婚式に参列する機会があれば、身近にいるとわかります。
lgbt(c)虹色ダイバーシティ
ただ、日本はまだまだ「身近にLGBTを知らない」人が多い国なんですが、実は意外と「LGBTを受け入れている国」でもあるんです。ピュー・リサーチ・センター(アメリカ)の調査によると、「社会は同性愛を認めるべきか」と聞いたところ、日本では過半数、54%の人が「イエス」と答えたんです。
アメリカでも60%ですから、これはすごい数値です。意外と日本は「まあ、いいんじゃないの」という人が多い、同性愛に関して宗教的な価値観に基づく強い「ノー」がない国です。
——半数以上が「認めるべき」と回答。高い数値ですね。
日経新聞が2013年に行った同性婚に関する世論調査では、同性婚を「認めるべきだ」「どちらかといえば認めるべきだ」が足して43.2%で、「わからない・どちらともいえない」が最多回答の31.2%でした。とても日本らしいデータだと思います。
同性婚を「認めるべきではない」という人は、たった14.8%。海外で同じような質問をすると、だいたい「はい」と「いいえ」が半々で、「はい」が少し優勢になったタイミングで、同性婚の法律ができる流れです。しかし日本では「わからない」が多数派なのです。
この「わからない」人たちは、職場のLGBT研修などで理解を深めたら、きっと「認めるべき」という意見に変わってくれると思います。これは2013年だけで100カ所以上で講演した、私の実感です。日本は変わりつつあります。
虹色ダイバーシティは企業向けに「ワークプレイス・イクオリティ(職場の平等)」の話をする活動がメインですが、日本の大手企業で働く人たちは、社会の世論形成に大きな影響力があります。「ワークプレイス・イクオリティ(職場の平等)」の推進は、「マリッジ・イクオリティ(結婚の平等)」、つまり同性婚などの法制化を後押しする力につながると思っています。
■東京オリンピック・パラリンピックが契機に
——先ほど、10年以内に法整備が必要とお話されました。実現に向けた展望はありますか?
2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピック(オリパラ)が、大きなマイルストーンになると思っています。
大きなスポーツイベントの前には、移民労働者の労働問題など、いろんな人権侵害が起こりやすいので、東京オリパラの前に、世界の人権擁護団体が日本の人権状況をチェックしに来ます。
大きな人権擁護団体は、だいたいスイスのジュネーブやアメリカのニューヨークに本部があり、LGBTについて審査する基準は、当然、「性的指向・性自認による差別の禁止」が最低ラインになるでしょう。
今の日本は、同性愛自体は違法ではありませんが、「職場、学校、病院等での差別を禁止していない」状況です。この世界基準と日本の状況とのギャップを、企業がCSR(企業の社会的責任)の一環として、LGBT施策を行うことで埋めていけるんじゃないかと思っています。
日本の法律は未整備の状況ですが、オリパラに契機とした国際的な圧力を背景に、政府や自治体だけでなく、企業もLGBT施策を進めるはず。私たちはそのお手伝いをしたいと思っていいます。
■LGBTは、ダイバーシティ推進のトレーニング
——最後に、LGBTの生きやすい社会にするために、一人ひとりはどんな意識を持つとよいでしょうか。
「どうしてダイバーシティ(多様性)の推進が必要なのか」という声を、いまだによく聞きますが、私はそれでは認識が甘いと考えています。「ダイバーシティ推進なしに、この社会は維持できない」という考えが、もう少し広まってほしいなと思います。
日本はどんどん人口が減って、とくに働き手となる世代が減少しているなかで、国籍や性別、民族、障がい、LGBTなど、様々な社会的に少数派の属性を持った人たちが持てる力を十分に発揮できないことは、大きな大きな損失です。少子高齢化が深刻化し、社会保障の問題を抱える日本に、もうそのような損失を許容する“余裕”はないはずです。ダイバーシティ推進の取り組みを、真剣に、全力で、やるべきときです。
——社会を維持するために、ダイバーシティは必要。
自治体もなくなるかもしれない、会社もいい人材を採れないかもしれない……。そんな環境のなかで、私は「すべての組織に、ダイバーシティ推進は必須」という感覚です。
ダイバーシティ推進は経営戦略の一環だということは、女性の施策でもずっといわれてきましたが、そのなかにLGBTを入れることで、もっと「個」に焦点が当たるようになります。LGBT施策は、「男とは」「女とは」と属性で分断するのではなく、「男にもこんな人がいる」「女にもこんな人がいる」という発想につながります。
見た目の印象にとらわれず、偏見なくその人と向き合うことは、いわゆる“グローバル人材”には必須のスキルですよね。LGBTは見た目では分からないことが多いからこそ、LGBTを学ぶと「この人は男性で、女性が好きなように見えるけど、実はそうじゃないかもしれない」と考えられるようになります。LGBTは、多様性への受容度を高める、いいトレーニングになるんですよ。
「自分の身近にLGBTはいない」と思っている人も、ぜひ今後は「いるかもしれない」と思って日々を過ごしてほしいですね。それは5%の当事者のためだけではなく、社会全体のためになると思います。
2015-01-06 18:31