“「ナポリにはね、カフェ・ソスペーゾと言って、誰か、ゆとりのある人がバールに入って、一杯のエスプレッソを飲んで、二人分のエスプレッソ代を払っていく。すると、その後から懐の淋しい人がやってきて、バールの主人に『カフェ・ソスペーゾある?』と訊ねる。主人がこっくりうなずけば、その人はただでエスプレッソを飲めるってわけなの」”
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“宝島社が80年代後半に男性ファッション誌を出したことがある。2,3刊ですぐポシャったけど。
それに尾崎豊のプロデューサーの人(記憶が定かじゃないが、おそらく須藤晃氏か福田信氏だと思う)のロングインタビューが載ってた。
当時、尾崎豊という商品を「仕掛ける」側の人がインタビューに答えるのは非常に珍しかったからよく覚えているんだが。
「青学、自衛隊の親父、もう全ての要素が商品になると思った」
「アトミック・カフェで骨折したのはドジだよね。でもおかげで知名度が上がって売れた」
「10代のカリスマで評価が固まっちゃったけど、本人がその虚像との間のギャップに苦しんでるから、今ちょっと休ませてるとこ」
などと語られていて、「尾崎豊」という商品が大変、営業的な要請から作り出されていることがよくわかるインタビューだった。”
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“Instagram見てたら、友達に「日本人の、猫と犬と自分の子供と自分の足元に対するオブセッションは何なんだ」って言われた。”
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“つねづね申し上げていることだが、他人を出し抜いて利己的にふるまうことで自己利益を得ている人間は、そういうことをするのは「自分だけ」で他人はできるだけ遵法的にふるまってほしいと願っている。
高速道路が渋滞しているときに路肩を走るドライバーや、みんなが一列に並んで順番を待っているときに後ろから横入りする人は「そんなことをするのが自分だけ」であるときにもっとも多くの利益を得、「みんなが自分のようにふるまう」ときにアドバンテージを失うからである。
だから、彼らは「この世に自分のような人間ができるだけいないこと」を願うようになる。
論理的には必ずそうなる。
その「呪い」はまっすぐ自分に向かう。
「私のような人間はこの世にいてはならない」という自分自身に対する呪いからはどんな人間も逃れることはできない。
そのような人は死活的に重要な場面で必ず「自滅する」方のくじを自分の意志で引いてしまうのである。”
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“現在と未来しかないの。 そうすると、現在とその未来を なるべく楽しく、なるべく面白く、 生きたほうがいいんです。 過去のことを、いくら考えてもしょうがない。”
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“よう誤解されてるけど、知的能力というのは「何を知ってるか」で計られるものではなく「自分が何を知らないかをどれだけ精密に知っているか」で判断されます。だから知的能力が低い子供であればあるほど「ボクはなんでもできる」「知らないことはない」と信じ込むことができるのです”
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“雇用流動性の低い場所では「そこを去る」のが難しくみんなブツブツ言うだけで全体としてレベルアップしないといういつもの話”
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オキサゼパムは日本での販売は萬有製薬が担当し、68年にハイロング錠として販売されましたが、人気不振のため2000年に販売中止されます。
1973年頃、オキサゼパムの吸収性と薬効を高めたロラゼパムが販売
されました。商品名はアティバン。日本ではワイパックスです。
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“ 「自分探し」という、人を惑わせる言葉がありますね。そして「やりがい」を見つけようと諭す。それって冗談じゃないと私は思います。みんなのために、地域のために、社会のためにというあやふやなモチベーションが、人間を本気で仕事に向かわせられると思いますか。大人やマスコミは、若い人をきれいな言葉でだましちゃいけないですよ。”
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“ビルマの仏教ではこうやって忘れ去られる事が無上の弔いとされる。”
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“病人だからという口実で習慣を捨ててしまうのは、たやすいことだ”
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“知性は、方法や道具に対しては、鋭い鑑識眼を持っていますが、
目的や価値については盲目です。”
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“「主婦が辛いのは時間の流れが自由でなく“他人の時計”に合わせて生活しなければならないこと、それらを理解している男性は少ない」という意見に「サラリーマンも同じやで」という反論がなされていて永遠に埋まらない溝を感じる。ここは「お互い大変ですよね」でよくないか。”
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“そのように、こだわりなく、軽く、適当に生きる、ひとつ覚悟”
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