ロックというものは
世間の考えとしては
反抗するぜとか
イライラするぜとか
こんな社会はやってらんねえよとか
どうして俺はこんなに孤独で不幸なんだ
と叫んだりするわけです
で、いろいろ叫んだり乱暴したりしているうちに
気がつくわけです
「一体どうして」
俺はこんなにも孤独で不幸で
「どうして」こんなにもこの世界に不適でいらいらして
他人を傷つける言葉を撒き散らし
時に実際に乱暴を働き
そんなことをしているのは「一体なぜなのか」
「考える必要がある」と気がつく
そこからロックはプログレッシブ・ロックに変貌するわけです
頭来たなというとき
頭来たと叫んでいる人と
どうしてこんなに頭に来るのかなと考える人とはやはり
メタ化の次元が一段違っているんですね
メタ化するということは
診断がつくようなもので
原因、現在の状態、将来の予測、それを踏まえた対策、などが見えてくるわけです
物事をメタ化していくと
だいたいは総合化になるわけですね
シェイクスピアと融合したり
ジャズやクラシックと融合したり
そうすると
まだまだ可能性があることが分かってきて
ふてくされて時間を浪費している場合ではないと気がついたりする
恋愛の喜びというもの自体はメタ化ということはあまりないんでしょう
でも恋愛の行き止まりとか喪失とか
そういうものはメタ化のいい対象ですね
メタ化することによって乗り越える、実時間を伴う作業
という側面があると思います
それが苦難だから対象化できるんでしょう
それが幸福で享楽だと
別段対象化の動機づけが発生しない
対象化することで乗り越える作業に入る
この世界に苛立っている自分を発見したとして
人間の知性は
それはどうしてなのかなと考え始めるでしょう
考え始めた瞬間に
生きている世界というか
立っている舞台が変化するんですね
すると苦痛も変化する
世界に生きる苦痛をメタ化した人は
それをもう一段メタ化することもできますね
世界に生きることがこんなにも苦痛なのはなぜなんだろうと考えている自分はなんてこの世界に不適合なんだろうと考える
さらにもう一段のメタ化も
すぐに出来る
メタ化の原理は同じなわけだし
別段資金もかからないわけで
同じアルゴリズムで
対象を変化させればいいだけだ
そのようにして自分の苦痛を対象化する、
状況全体をメタ化する
という手続きで
苦痛はどんどん間接化していくわけです
その人は苦痛を生きているのではなく
苦痛を考えることを生きているわけですから
考えてみればロックを演奏するとか聞くということも
苦痛を生きている段階から
苦痛を歌うとか聞くということに変化しているわけです
ついでですから
考える、対象化するということに変化すれば
一段人生が広がるわけでしょう
他人の不幸は蜜の味という原則があるわけですが
自分の不幸も
それを素材にして考えたり創作したりすれば
また別の意味が出てくる
人生の経験はチューブに入った絵の具ですね
それを使う自由も使わない自由もある
絵の具箱にいろいろな色があるというのも悪くない
Pink Froyd
Dark side of the moon
Pink Froyd の場合は狂気もまた素材