“ 森鴎外などを読んでゆくとわかることは、欧州の社会システムや軍事、学問を「吸収」するために欧州へ派遣された日本の選良たちには一種の自分が「選ばれた者である」ということから来たらしい「軽薄さ」がつきまとっていることで、欧州人で森鴎外のある種類の体験談の半分以上が作り話、あるいは「言わない部分が途方もなくおおきい」影を切り取った話の数々であることに気づかないひとはいないだろう。 自分の見てきたことを正直に述べたのは夏目金之助漱石ただひとりで、あとはみなウソツキであると言ってもよいくらいであると思う。 この

森鴎外などを読んでゆくとわかることは、欧州の社会システムや軍事、学問を「吸収」するために欧州へ派遣された日本の選良たちには一種の自分が「選ばれた者である」ということから来たらしい「軽薄さ」がつきまとっていることで、欧州人で森鴎外のある種類の体験談の半分以上が作り話、あるいは「言わない部分が途方もなくおおきい」影を切り取った話の数々であることに気づかないひとはいないだろう。
自分の見てきたことを正直に述べたのは夏目金之助漱石ただひとりで、あとはみなウソツキであると言ってもよいくらいであると思う。
この頭の働きはよいが物事の理解が深いところまで届かなかったという意味で軽薄な青年たちは、日本に歴史上珍しいほどの惨禍をもたらした。
「富国強兵」というような名前の下に輸入されたただひたすら機能化をめざして人間を抑圧する「欧州」は、欧州人の目からみると、どこにも存在しない欧州で、西洋が「輸入」した日本の文化でいえば、ニューヨークのマフィアがニンジャの暗殺手法を研究したような奇妙なものだった。
最も典型的なものでいえば「時間の感覚」があるだろう。
19世紀は英国の歴史のなかでも特殊な時代で、「時間厳守」ということが流行のようになっていた奇妙な時代だが、日本にはその「時間厳守」の流行が更に誇張された形で導入された。
プロイセンはなにしろ北ドイツ連邦をつくりはしたものの来年は周辺国にひねりつぶされるかもしれないという緊張のなかにあったので、「すべては国家のため」という準軍事体制をとらざるをえない特殊社会だったが、日本はこれを恒久的な欧州の一類型なのだと受け取って輸入してしまった。