エネルギー効率の上昇だけが経済成長を引き起こす

採録

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先日のアメリカ大統領選挙では、経済を中心に論戦が戦わされ、日本でも、衆議院議員選挙が近いことから、安倍晋三、自民党総裁が、インフレ目標の設定など、日銀のさらなる金融緩和路線を打ち出しています。

しかし、世界全体を俯瞰してみると、世界全体としては、経済成長の余地は、ほとんどなく、誰かが豊かになれば、誰かが貧しくなる、というゼロサム世界にほぼなっており、経済成長の追求が果たして可能なのか? という根源的な疑問に突き当たります。

経済成長は何によってもたらされるか 

この問題を考えるには、経済成長は何によってもたらされるのか、これをまず考えてみましょう。 

原始農耕社会の場合、経済成長は基本的にありません。 景気は基本的にその年の天候によります。つまり食糧生産の多寡のみにより、景気は決定されます。

現代社会の場合はどうでしょうか? 食糧生産は天候だけではなく、農地へのエネルギー投入量により決定されます。 これは原始社会とは異なる点です。 しかし、現代社会では原始農耕社会と異なり、第2次、第3次産業の比率が極端に大きいためサービスも考える必要があります。

一人当たりのサービス量= 一人当たりエネルギー消費量 × エネルギー効率

となります。 従って

総生産 = 食糧生産量 + エネルギー産出量×エネルギー効率 

ということになります。 但し、エネルギー資源以外の資源産出も右辺第二項に含めています。一方

 食糧生産量= エネルギー投入量×エネルギー効率 + 水資源量×水資源効率 

と考えることが出来ますし、現状はほとんどエネルギーを食糧に変えていると言ってよい状況なので、(「石油を食べる人々」参照)

総生産 = エネルギー産出量×エネルギー効率 + 水資源量×水資源効率 

とまとめることが出来ます。この式を見ると、水資源に関する項を一定として、世界経済の成長は、積の微分法から

総生産の微分 = エネルギー産出量の微分×エネルギー効率 + エネルギー産出量×エネルギー効率の微分 

となります。
経済成長のためには、

(1)エネルギー産出量の増加
(2)エネルギー効率の上昇

の中のどちらかが必要です。 

この中(1)のエネルギー産出は石油、石炭、天然ガスといった化石燃料などの減耗により、今後、大きく減退することが予想されています。 シェールガス、シェールオイル、深海油田といった非在来型化石燃料にも大きな期待は出来そうにもありません(たとえば、The new “Golden Age of Oil” that wasn’t 参照)。

image032

World Energy to 2050より転載)

上のグラフを見れば分かるように、現在がエネルギー産出のほぼピークであり、エネルギー産出の伸びが緩やかになっただけで、現在、全世界的な景気停滞が起こっている訳です。  

従ってエネルギー効率の上昇だけが経済成長を引き起こすと、考えられるわけです。 

このように整理すると、情報化(IT化)は、エネルギー効率を大きく上げているわけではないので、経済成長を牽引するのには力不足ということや、財政出動、金融緩和、規制緩和が、経済成長を引き起こさないのは、エネルギー効率が上がらないからであり、老人が金を使わないから不景気であるというのは誤りであり、デフレだから景気が悪い訳ではないことが分かるわけです。 

つまり、エネルギー効率を上げない限り、誰かが豊かになれば、他の誰かが貧しくなるという構造が存在し、しかも、エネルギーの総量がすでに一人当たりでは減少しつつあるということから、下手をすると、全ての人が貧しくなるという懸念があるのです。

ところが、以前の記事で述べたように、現在は、むしろエネルギー資源の劣化(EPRの低下)などによりエネルギー効率は下がっています:

World%20Total%20Energy%20and%20Real%20GDP

(Is It Really Possible to Decouple GDP Growth from Energy Growth?より転載)

従って、現在の世界経済は、ゼロサムゲームになっていると考えてよいでしょう。 
こう考えれば、トリクルダウン理論なるものも、ゼロサムゲーム、マイナスサムゲームの現在の世界では、全くの絵空事であることが分かります。 

さらに、日本の場合は、原発の再稼働を先延ばししているため、経済がマイナスサムに陥る危険が十分にあるように思います。 個人的な考えですが、原子力というカードを失えば、日本はエネルギー価格における交渉力を失い、国が衰退するでしょう(これからは国籍に拘らずに生きてゆくのがよいと考えて、大したことではないと思う人もいるでしょうが)。

拡がる格差

このように我々は、ゼロまたはマイナスサムゲームをしているのですから、格差の拡大が世界全体で起きていることも、全く自然な成り行きなわけです。つまり、社会の中の富の総量が増加しない中で、自由競争を進めれば、当然のことながら、ごく一部の勝者と大部分の敗者に社会が分離してゆきます。そして、この格差の拡大により、世界は不安定化しているのです。

ニュースで報じられるように、中国では経済格差が拡大し、中国社会が危機に頻しており(「石平氏のコラム」参照)、毛沢東時代を懐かしむ人たちが増えているようです。 第18回中国共産党大会で政治報告を行った胡錦濤国家主席(党総書記)は、2020年までの国内総生産(GDP)倍増計画を打ち出しています。

つまり格差拡大の不満を抑え込むには、国として豊かさの総量の拡大を目指そうというわけです。 でもこれは、世界全体がゼロサム、マイナスサムゲームなのですから、難しいでしょう。 

一方、先進国はどうでしょうか? 日米欧は一様に景気が悪い状態が続いています。 これらの先進国でも格差は拡大し、アメリカの大学生の就職難も深刻なようです。  

今日、注目すべきニュースがありました:

金融庁は、経営危機に陥った証券会社、保険会社に公的資金を注入し救済できるようにする方針を固めた(11月10日、朝日新聞)。

これは、日本の金融システムが、このゼロサムゲームの中で維持できなくなりつつあるということでしょう。

このようにゼロサムゲームが続く限り、格差の拡大や金融システムの脆弱化は、続き、我々は近い将来、社会システムの大きな変革を迫られることになるでしょう。

持続可能でない我々の生活

現在の世界の粗鋼生産量は年15.2億トン、日本の粗鋼生産量は年約1億トンです。 

製鉄は、その昔、石炭を用いず、木炭を用いていました。 日本の伝統的なたたら製鉄の場合、1トンの製鉄のために、14トンの木炭が必要となり、そのために0.5ヘクタールの森林を伐採しなくてはならない計算です。

15億トンの鉄を石炭に頼らずに、たたら製鉄のようにバイオ燃料である木炭を用いることにすると、15億トンの製鉄のためには、7.5億ヘクタールの森林を伐採しなくてはなりません。 世界の森林面積は38.7億ヘクタールといわれていますから、石炭がなければ、製鉄のためだけで、5年で世界の森林は消滅し、日本の森林は1年で消滅する計算です。

このように、我々の生活は、石炭、石油、天然ガスといった化石燃料エネルギーがなければ、瞬く間に破綻する状況にあるのです。

木炭に限らず、太陽光発電、風力発電といった、再生可能エネルギーは、エネルギー密度が低いため、多くの人口を支えることは不可能でしょう。製鉄所を動かすのにどれだけの風車が必要になるか、考えると気が遠くなるでしょう。

我々の生活は、極めて脆弱な基盤の上に成り立っているのです。 我々人類は正に、シャーレの培地に広がった微生物のようなもので、やがては、資源の枯渇から、急激な文明の衰退に直面する可能性があります。

我々は、エネルギー使用の効率化を進め、省エネルギー、省資源を実行するとともに、社会のシステムを低成長に合ったものにすることがどうしても必要なように思われます。

(注)食糧生産には水資源 エネルギー制約 農地拡大制約があり拡大は極めて困難になっており、最近20年の状況は、穀物生産の伸びが世界人口の伸びを下回る年が増加しており、今後、気候変動により水資源の枯渇が深刻化することにより、食糧生産はむしろ減少するものと思われます(「水資源の危機、渇く地球」参照)。

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