改訂第2版 パーソナリティ障害の認知療法

認知療法は治療技法の集合体ではなく,a system of psychotherapyである。数ある心理学的治療にあって,精神療法の名に値するためには,いくつかの基準を満たす必要がある。列挙すると,(1) パーソナリティと精神病理に関する理論が存在すること,(2) 理論を裏付ける研究成果が存在すること,(3) 理論との整合性をもった治療技法の選択がなされること,(4) 治療効果が科学的に実証されること,である。
基準の第1である理論について本書では,パーソナリティとその病理がスキーマという観点から論じられる。スキーマは,認知と情動と動因という諸過程が依拠する基本構造であり,パーソナリティの基本単位とされる。スキーマには,認知的スキーマだけでなく,情動的スキーマ,動因的スキーマ,道具的スキーマや制御スキーマまでが区別される。しかも構造として横断的に定義されるスキーマが,縦断的な発達過程の中に位置づけられる。基準の第4にある効果研究の成果も,十分とは言えないまでも,着々と蓄積されていることが,本書の第1章に詳しい。
個々の患者に関する認知的概念化に基づいて,治療技法の選択がなされ,一定の効果が得られていく,決して短くはない過程は,それぞれのパーソナリティ障害への認知療法を論じた第Ⅱ部に詳しい。読者諸氏は受け持ち患者の臨床像と照合しながら,その治療に多少なりとも資する「何か」を求めて,繰り返し本書を参照されることだろう。本訳書の主題はパーソナリティ障害である。しかし,限られた患者の治療だけでなく,さらに多くの患者に対する認知療法にも応用できるヒントが発見できるかもしれない。たとえば,スキーマである。パーソナリティの基本構造である以上,スキーマはどのような患者にも認められるはずである。地表につねに露呈した鉱脈のようなスキーマではなく,病期に限って顕在化するスキーマを推測することは,うつ病性障害や不安障害の治療でも重要である。パーソナリティ障害における純度の高いスキーマを希釈するとき,パーソナリティ障害のスキーマと定性的には区別できないスキーマを,いわゆる第Ⅰ軸の障害にも見出すことになるだろう。Aaron T. Beckの著作は枚挙にいとまがないが,監訳者の知る限り,""Cognitive Therapy of Personality Disorders""だけが改訂第2版を公にしている。初版以来およそ15年,パーソナリティ障害に対する認知療法が,固定された完了形ではなく,なおも途上にあり続け,今後さらに進展しうる可能態であることを実感できるだろう。監訳に関わったひとりとして,そうであることを期待したい。