オキシトシンは自閉症の社会的コミュニケーション障害に有効か? 自閉スペクトラム症を対象としたオキシトシン経鼻薬の臨床試験が開始へ 独自に並行輸入して使用する「オキシトシンフィーバー」に懸念も 福井大学子どものこころの発達研究センターの小坂浩隆氏らは、6月4日~6日に大阪市で開催された第111回日本精神神経学会学術総会のワークショップ「自閉スペクトラム症者への経鼻的オキシトシン継続投与の臨床試験報告と今後の展開」の中で、「経鼻薬によるオキシトシン継続の投与は、自閉スペクトラム症(ASD)の社会的コミュニケ

オキシトシンは自閉症の社会的コミュニケーション障害に有効か?
自閉スペクトラム症を対象としたオキシトシン経鼻薬の臨床試験が開始へ
独自に並行輸入して使用する「オキシトシンフィーバー」に懸念も
福井大学子どものこころの発達研究センターの小坂浩隆氏らは、6月4日~6日に大阪市で開催された第111回日本精神神経学会学術総会のワークショップ「自閉スペクトラム症者への経鼻的オキシトシン継続投与の臨床試験報告と今後の展開」の中で、「経鼻薬によるオキシトシン継続の投与は、自閉スペクトラム症(ASD)の社会的コミュニケーション障害への治療として期待が高まっている。しかしまだ承認が得られた薬剤ではなく、効果があると断定できる段階でもない」と指摘し、「学会を挙げて現状を説明する場の設置を検討していきたい」と語った。同時に、こうしたエビデンスを構築すべく現在募集を行っている自閉スペクトラム症を対象としたオキシトシン経鼻薬の多施設検証的臨床試験への参加を呼び掛けた。
 自閉症やアスペルガー障害、広汎性発達障害を含むASDの主な症状は、視線が合わない、表情や声色から相手の気持ちを汲み取ることが難しいといった社会的コミュニケーション障害だ。オキシトシンは、脳の下垂体後葉ホルモンの一種。動物実験などからオキシトシン受容体の異常が社会性の障害に関連していることが明らかになった。中枢作用として不安の低下、信頼行動や愛情表現、表情認知など社会性を向上させることが分かっており、社会的コミュニケーション障害の治療手段として期待が寄せられている。定型発達者やASD患者にオキシトシンを単回投与する臨床試験などを経て、現在は継続投与による治療に注目が集まっている。
 小坂氏は、オキシトシンを継続投与した臨床試験の論文を探索。全6編を取り上げ、各論文の試験概要や結論を紹介した。6編のうち3編は非盲検試験で、全て日本からの報告だった。例えば、自閉性障害を有する8人の男児(10~14歳、full IQ 20~101)を対象に行われ、2013年に大阪大学が報告した試験では、オキシトシンの噴霧量を1日当たり16単位で2カ月、32単位で2カ月、48単位で2カ月と漸増して行った。
 その結果、自閉症診断観察尺度(Autism Diagnostic Observation Schedule:ADOS)のコミュニケーションおよび社会的相互関係に関する項目で改善が見られた。「それまで意味のない線しか書かなかった男児が、初めて顔に見える絵を描き、横に文字で『まま』と書き添えたという」(小坂氏)。行動を分析する手法であるABC分析や、子どもの問題行動を評価するCBCLの結果には有意な改善は認められなかった。投与量が比較的多かったにもかかわらず目立った有害事象もなかったため、同報告では小児ASD患者におけるオキシトシン継続投与の効果と安全性を認めたと結論しているという。
 これらのオキシトシン継続投与の非盲検試験から、小坂氏は「(1)安全性には特に問題がない、(2)視線が合うようになったり共感したり、社会性は向上する、(3)反響言語以外の返答ができたり、会話量が増えたりとコミュニケーションは向上する、(4)イライラの減少など、二次障害にも効果があるといった可能性がある」とまとめた。
 一方で小坂氏は、「批判的吟味をすれば、オキシトシン効果を証明しなかった論文が世に出ていないだけで、全ての研究結果が有効性を認めているとは限らない」と指摘。加えて、プラセボ効果や、症例数がまだ少ないことを挙げ、ランダム化比較試験(RCT)の必要性を訴えた。
 オキシトシンの継続投与をRCTで検証した報告は3編。38人の男性自閉症患者(7~16歳)を対象に、1日当たり12単位または24単位のオキシトシンを4日間噴霧した報告では、オキシトシンの有用性を示せなかった。50人の男性自閉症患者(12~18歳、平均IQ 87)に対し、15歳以下は朝・夕18単位ずつのオキシトシンを噴霧し、16歳以上は朝・夕24単位ずつの噴霧を、それぞれ8週間続けた報告でも、主要評価項目とした対人応答性尺度(Social Responsiveness Scale:SRS)などの結果には改善がなく、有用性を示せていない。
 現在、東京大学を始め、金沢大学、福井大学、名古屋大学の4大学が共同で「自閉スペクトラム症を対象としたオキシトシン経鼻剤の多施設・並行群間比較・プラセボ対照・二重盲検・検証的試験(JOIN-Trial)」の登録を募集している。参加基準や応募方法については、下記ウェブサイトから確認できる。
 会場からは、「報道などでオキシトシンの試験を知ったASD患児の保護者が、海外から力価も分からないオキシトシンを輸入して使用している。最近は経口摂取するタイプのオキシトシンもあるようだ。かつてのメラトニンを彷彿とさせるようなオキシトシンフィーバーが起きている。まだ効果があると断言できる段階ではなく、ここまでは判明しているがここから先はまだ分かっていない、という線引きを示してほしい」という問いもあった。小坂氏は、「その懸念は我々も強く感じている」と回答し、「学会を挙げて現状を説明する場を設けていきたいと考えている」と語った。