いま国会や与党協議で議論されている防衛論がいかに机上の空論であるか、安倍首相の言う「積極的平和主義」がいかに「空想的平和主義」なのか。  例えば、集団的自衛権が必要な根拠として、同盟国であるアメリカと中国の間で軍事衝突が起きたとき、中国に奇襲された米軍の艦艇を自衛隊が守らなくていいのかという主張があるが、そのためにいったいどれくらいの兵力が必要なのかの議論がまったくない。  現状の4個護衛隊群では全然足りず、最低あと2個護衛隊群が必要となり、西太平洋までの距離の長さを考えれば、ミサイルや弾薬の備蓄もい

いま国会や与党協議で議論されている防衛論がいかに机上の空論であるか、安倍首相の言う「積極的平和主義」がいかに「空想的平和主義」なのか。
 例えば、集団的自衛権が必要な根拠として、同盟国であるアメリカと中国の間で軍事衝突が起きたとき、中国に奇襲された米軍の艦艇を自衛隊が守らなくていいのかという主張があるが、そのためにいったいどれくらいの兵力が必要なのかの議論がまったくない。
 現状の4個護衛隊群では全然足りず、最低あと2個護衛隊群が必要となり、西太平洋までの距離の長さを考えれば、ミサイルや弾薬の備蓄もいまの数倍に増やさなければならないという。
 さらに言えば、アメリカの船を守るために自衛隊を出したら肝心の日本の防衛が手薄になり、その分の補強も必要になる。いずれにせよ、大規模な軍備の増強と防衛費の増加が想定されるわけだが、財政的裏づけに関する話がいっさいない。ちなみに、備蓄増が必要な迎撃ミサイルだけでも1発数千万円もする。安倍首相は、集団的自衛権行使を認めればカネが湧いて出てくるとでも思っているのだろうか。
 安倍首相は、日米の軍事力に差があることすら理解していないフシがある。日本政府が現行法では対処できないとして挙げた15の事例のひとつに「米国に向け我が国上空を横切る弾道ミサイルの迎撃」というのがある。よく話題になるので知っている人も多いと思うが、迎撃は物理的に不可能なのだ。北朝鮮からアメリカ本土に向かう長距離ミサイルを探知して弾道を計算できるころには、弾頭はすでにかなりの高度と速度に達している。これを弾頭より速度が遅く、到達高度も低い迎撃ミサイルで撃ち落とすことは、誰が考えても無理だと分かる。
 そこで、いつのまにか話はグアムやハワイに向かうミサイルにすり替わった。ミサイル対処可能なイージス艦を使えば技術的に撃ち落とすことは不可能ではないらしい。ところが、このイージス艦は日本には6隻しかなく、アメリカには30隻以上もある。北朝鮮がグアムやハワイにミサイルを撃ち込む事態というのは、当然、日本も安全ではない。そんなときに、なけなしの日本のイージス艦をグアムやハワイの近海に持っていくより、日本の船は日本の防衛に使って、グアム、ハワイはアメリカが自分で守るというほうが自然だろう。
 実際、アメリカは米軍の艦船を「日本に守ってもらう」などということはまったく想定していない。日米の軍事力には大きな「差」があり、当然、アメリカのほうが上なのだ。そこで、同盟国としての日本が求められる最重要事項が何かといえば、アジアにおける前線拠点である「日本」を日本自身が守るということだけだ。自国の国土を守るという点においては、専守防衛を旨としてきた自衛隊は世界でも屈指の能力を備えているというのである。
 似たような話で、集団的自衛権がなければ米軍の後方支援で弾薬の提供ができないではないかという主張もあるが、そもそも在日米軍の方が自衛隊よりはるかに多くの弾薬を持っているため、日本から提供する必要はない。考えれば分かることだ。
 要は、安倍首相の頭の中には自衛隊の兵力、装備、能力といった情報がほとんどインプットされていないようなのだ。だから、NHKのテレビで「人質救出に自衛隊を」などと、当の自衛隊がビックリするようなことを言ってしまう。安倍首相は法律を変えれば自衛隊がテロリストから人質を救出できるとでも思っているのだろうか。米軍特殊部隊が何度も失敗したオペレーションが、法律を変えるだけで成功すると思っているのだろうか。
 安倍首相は「集団的自衛権があれば米軍と情報交換できるようになる」というメリットを挙げているが、これも現状認識ができていない。なぜなら、日本政府の見解では「『何度何分に向かって撃て』というような具体的な攻撃指示につながる情報は武力行使と一体化するが、敵機の位置情報を含め、単なる情報の共有であれば(撃つ撃たないという判断をするわけではないので)、憲法には抵触しない」となっている。つまり集団的自衛権などなくても情報共有できるのだ。現に、自衛隊の艦艇や航空機はすでにアメリカの戦略ネットワークに完全に組み込まれていて、戦術情報の共有は日常的に行われているという。安倍首相は、こんなことすら知らずに安保法制に手をつけようとしているのだ。
 本来、徹底的にリアルで現実的でなければならない安保政策が「アメリカを助けなければ日米同盟は崩壊する」「他国がやれることを日本がやれなくていいのか」といった抽象的かつ情緒的な、理屈にもなっていない理屈で決定しようとしていることが問題だという。
 軍事的常識からも戦略的考察からも整合性がなく、真の政策目標がどこにあるかもわからない。何のため、どんな目的を達成するために集団的自衛権が必要なのかもわからない。そんな曖昧なことのために自衛隊員の命を危険にさらしていいのか、ということだ。