ポジティブ病の国、アメリカ
バーバラ・エーレンライク
書評から
きっかけは、著者が乳がんの治療中に出会ったがん患者のコミュニティ活動の中で、不安や絶望感を持つことが「ネガティブ」だと責められ、がんを克服できなかった患者が「敗者」と決めつけられることに抱いた疑問だという。米国社会に深く根付いた楽観主義の系譜。それは、ポジティブ思考で病気が治り願望が現実化すると主張する疑似科学を生む傍ら、ビジネス本の出版や企業向けの講演で利益を上げる一つの産業ともなり、さらに一部のキリスト教のセクトとも結びついて宗教化・イデオロギー化する。
そしてその時、「ポジティブ・シンキング」は効果的な搾取・抑圧の道具と化す。「努力すれば成功できる」は「成功できないのは努力を怠ったから」にすり替わり、失業や貧困、さらに病気や天災までもが当人の怠慢と「ネガティブ思考」のせいにされて、社会的弱者や貧困国を切り捨てる根拠になる。明るい未来を信じて疑わない一般大衆は社会の不公正・不平等の是正に関心を示さない。企業は解雇した社員に(時には本人の負担で)自己啓発の講習を受けさせて会社への批判や不満を封じ込め、一方で、自身も「ポジティブ・シンキング」に取り込まれた経営陣はリスクを無視して高利回りの投資に巨額の資金を注ぎ込み、最終的にバブル崩壊で経済を破綻させた。
しかし、実際には、ポジティブ・シンキングは、強者(本書の表現では、例えば「雇用者」)が弱者(労働者)を抑圧する道具になっており、さらには、正確に物事を見通す考えではないので(ネガティブ・シンキングを排除するので)、経済を破壊することがある。むしろ、クリティカル・シンキングの方法を学び、物事を正確に見通し、健全な警戒心を持つべきである。
本書の最初に例としてあげられるのが、著者のバーバラさんの乳癌体験です。大病なんだから、大いに嘆き落ち込むのが当然なのに、回りはそれを許さない。「乳癌になったからこそ、感謝と愛を知ることができた」とかpositiveに反応しないと駄目。愚痴も不満の当然なのに、それを口に出すのは「人生の敗残者」と見なされる。
堤未果さんの『貧困大国アメリカ』シリーズや、ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』に描かれた状況を招いた、アメリカ人の精神的よりどころを理解するのに有益な好著だと思います。
ポジティブシンキングにつながる、アメリカの宗教的歴史も大変興味深く、得るところが大きかったです。
現在、アメリカ人は楽天的、と世界的に思われているが、建国からしばらくの間、アメリカ人は楽天的ではなかった、善悪を極端に二元化する苛烈なピューリタン・カルバン主義を信仰し、勤勉な労働に救いを求めていたが、
19世紀半ば、工業化にともない労働の質が変化すると、社会的に神経症・憂鬱症が流行、その原因となった厳格なカルバン思想に反対して興ったニューソート運動が、今のアメリカ人の楽観主義、ポジティブシンキングの源流である、こと。
しかし、物事を善悪という二元化し思考停止するというカルバン主義の悪しき面を、ポジティブシンキングも、ポジティブ/ネガティブという価値観の二元化という、形を変えて受け継いでしまっていること。