デイビッド・ピリングFT元東京支局長 地震と中国が生んだ安倍政権 東日本大震災と原発事故は、ペリー総督の黒船来航、あるいは第2次大戦における敗北と同様、日本を大きく変える転換点となるのだろうか 地震と福島の原発事故は、文字通りその被害の大きさという点でも、心理的という点でも日本人に大きな衝撃を与えたことは明かです。 震災後、すべての原発が停止したことで、日本の製造業がエネルギーを安定確保できないかもしれないという懸念から一層、海外移転を加速させるのではないかと、日本のエリート層が危機感を深めたのは確

デイビッド・ピリングFT元東京支局長
地震と中国が生んだ安倍政権
東日本大震災と原発事故は、ペリー総督の黒船来航、あるいは第2次大戦における敗北と同様、日本を大きく変える転換点となるのだろうか
地震と福島の原発事故は、文字通りその被害の大きさという点でも、心理的という点でも日本人に大きな衝撃を与えたことは明かです。
震災後、すべての原発が停止したことで、日本の製造業がエネルギーを安定確保できないかもしれないという懸念から一層、海外移転を加速させるのではないかと、日本のエリート層が危機感を深めたのは確かでしょう。この危機感がエリート層の間において、アベノミクス、つまりリフレーションを起こそうという過激な策を支持する者たちを勢いづかせた部分があると見ています。それまで日本では、大規模な量的緩和など危険だし、効果を上げることなどできないと見なされていましたから。
震災と福島原発事故による影響が心理的に、日本にとってはいわばのるかそるかの大勝負の経済政策に挑んでみようという流れを後押しした部分があると思います。
しかし、日本の実質国内総生産(GDP)の伸びは4~6月期、7~9月期と2期連続でマイナスに陥るなど、アベノミクスは想定通りの効果を上げていません。
4月の消費税率引き上げが、経済の回復軌道に相当な打撃となっており、2%のインフレ実現という取り組みを台無しにしてしまった。
消費税引き上げの時期を延ばすことは、アベノミクスがうまくいっていない証拠だと見る人もいるだろうし、これで日本は財政問題を解決することはないだろうと見る人も出てくる
アベノミクスの目標は「緩やかな物価上昇によって賃金上昇、ひいては強い消費を実現させ、経済成長を遂げる」という好循環を生み出すことです。
震災後の日本を見ていてもう1つ思うのは、中国の台頭が日本の政策に大きな影響を及ぼしているという点です。これは極めて重要な点で、第1次安倍政権と第2次安倍政権の最大の違いは、中国に対する懸念が増大し、日本が中国を脅威だと見なすようになったことです。
 2001~2008年まで、中国について実に多くの日本人がこう言っていました。「中国を見なさい。矛盾だらけだ。中国経済も中国共産党も抱える矛盾が凄まじい。従って早晩、破綻するに違いありませんよ」と――。
確かに中国は多くの矛盾を抱えているし、難題が山積しています。もしかしたらどこかの時点で破綻するかもしれません。しかし、少なくとも今の時点ではそうはなっていない。それどころか今や経済規模で日本を抜き、外交政策では何事においても今まで以上に強気になっている。軍事力もどんどん増強している。つまり、日本のエリートたちは当時、考えが甘かったというか、希望的観測の下、自分たちが中国に振り回されることなどあり得ないと考えていた、ということです。
しかし、今や日本は、歴史的に日本がしたことを今も強く根に持っている中国と向き合っていかなければなりません。日本の国民が選んだ道が、正しい道だったのか、間違った道だったのか分かりませんが、中国がこれだけ強気なスタンスで台頭してきたことが、積極的ではないにせよ、今の日本が安倍首相の右派的スタンスを受け入れる、あるいは我慢するということにつながっているのではないかと思います。第1次政権の時は支持しなかったが、2次政権では支持しているという日本人は少なくないのではないでしょうか。まさに中国の台頭が第2次安倍政権を誕生させた、と私は見ています。
しかし、安倍政権が集団的自衛権の行使容認を追求したり、特定秘密保護法を成立させたり、と国家主義的な動きを強めていることに懸念、危機感を感じている国民も少なくありません。
日本は平和主義国家というが、厳密にはそうでもない。ご承知の通り、ベトナム戦争の際には、米軍の飛行機が日本にある米軍基地から飛び立って、ベトナムにナパーム弾を落とし、殺戮と破壊行為の限りを尽くしたわけです。つまり、日本は過去70年間、いかなる危害も及ぼさなかった平和国家であったと考えているかもしれませんが、必ずしもその通りではありません。
日本が防衛を米国にアウトソースする一方で、「自分たちは平和主義国家で来た」と主張し、戦争をした、あるいはしている国よりもモラル的に優位な立場にいると考えるのはいいとこ取りです。日本は、他国の核抑止力によって平和国家を実現しているのだから、自国が完璧な平和国家ではないことを自覚する必要はあるでしょう。
旧日本軍が欧米人の捕虜に対して行ったことについては、あえてはっきり言いますが、今も西洋人の記憶に強烈に残っていることは事実です。
私も、自分がなぜそのことを強烈に感じているのかということを考えてきました。英国もご存じの通り、インドやアフリカを含め世界中の植民地で何百万人もの人を殺すなど、ひどいことをしました。ところがその後、イギリス兵は戦争のルールを守らない日本兵と戦うことになり、立場が逆転、今度はイギリス人が捕虜になった。その中には、エリートやアッパークラスの人たちもいました。戦争とはそういうものですが、ルールを知らない日本兵による扱いはひどく、多くの捕虜が餓死するなど悲惨な事態を招きました。
こうした日本兵のイメージは今も、英国人、オーストラリア人、アメリカ人、オランダ人の脳裏には強く残っているように思います。しかし、一方で、英国のチャーチル首相は第2次大戦開戦を控え、インドの西ベンガルから大量の食料を欧州に運んだために、西ベンガルでは当時、大規模な飢餓が発生しました。しかし、この事実は今日、私たち英国人の頭に強くは残っていません。
 私たちは、みんなもそうであるように、自分たちが「やった」ことよりも、「された」ことの方を記憶にとどめがちです。だから日本にとっての第2次大戦と言えば、南京でもビルマロードでもなく、広島と長崎ということになるでしょう。