うつ病治療の現状 モノアミンとグルタミン酸のインパクト Pierre Blier, MD, PhD, Psychiatry and Cellular & Molecular Medicine, University of Ottawa, Canada うつ病治療の標的としてセロトニン(5-HT)神経系が幅広く研究され、今日のうつ病治療は何らかの形で5-HT神経系への作用を有すると考えられている。薬物治療として、SSRI、SNRI、MAOI、5-HT1Aアゴニスト、三環系、ミルタザピンなど、非薬物治療とし

うつ病治療の現状 モノアミンとグルタミン酸のインパクト
Pierre Blier, MD, PhD, Psychiatry and Cellular & Molecular Medicine, University of Ottawa, Canada
 
うつ病治療の標的としてセロトニン(5-HT)神経系が幅広く研究され、今日のうつ病治療は何らかの形で5-HT神経系への作用を有すると考えられている。薬物治療として、SSRI、SNRI、MAOI、5-HT1Aアゴニスト、三環系、ミルタザピンなど、非薬物治療として、電気痙攣刺激(ECS)や迷走神経刺激(VNS)などがあるが、これらの治療を一定期間実施すると、例外なく5-HT伝達の増大が認められる。
 
しかし、うつ病に関連するニューロンは5-HTだけではない。ノルエピネフリン(NE)神経系、ドパミン(DA)神経系も5-HT神経系と機能的結合を有し、5-HT伝達の増大によってNE系やDA系に抑制的作用が生じることがある。最近、非定型抗精神病薬のうつ症状抑制作用が注目されているが、5-HT2A/Cに対する拮抗作用がそうした抗うつ作用に寄与していると考えられる。このように5-HT、DA、NEの3つの神経系は相互に作用しつつ、シナプス後膜ニューロンに投射しているが、そのニューロンの多くは興奮性のグルタミン酸作動性ニューロンである。
 
フェンサイクリジン(PCP)系の麻酔薬であるケタミンはNMDA受容体拮抗薬であり、従来より速効性の抗うつ作用が注目されてきた。HAM-Dスコアの50%改善が投与後2時間以内に認められ、短時間作用型のベンゾジアゼピンを対照薬とした試験でもDay1から60%以上の反応率が報告されている。反復投与してもタキフィラキシーがみられず、繰り返し投与することが可能というユニークな特徴をもつ。
 
ケタミンの抗うつ作用を検討したラットの強制水泳試験では、ケタミン15mg/kg投与によって無動時間が有意に短縮され、海馬におけるBDNF値が有意に増加していること、またラットの前頭皮質における急速なシナプス形成やBDNF遺伝子多形との関連が報告されている。
 
ケタミンの抗うつ作用とモノアミン神経系との関連については、セロトニン依存性を示唆する報告もあるが、ラットの背側縫線核における5-HTニューロンの発火率とケタミン急速投与の効果をみた我々の検討では、ケタミンによる5-HTニューロンの変化は確認されなかった。一方、DAニューロンおよびNEニューロンの発火率と発火パターンはケタミンにより増強されることが、AMPA受容体アンタゴニストであるNBQXを投与した実験から知られている。またAMPA反応性は海馬で短時間のうちに増強されるが、その際、NMDA反応は必ずしも著明に低下しないことも確認されている。
 
我々は3年前からケタミンを使った臨床研究を実施しているが、現在までの成績は非反応群、反応群、寛解群の割合は約3分の1ずつである。ケタミンは短時間で効果が現れることに加え、自殺念慮に対する効果が特に高い点、複数回投与しても神経毒性や依存性がみられないことから新しい抗うつ薬として期待され、現在、カナダ政府の資金援助による第II相、第III相の臨床試験が計画されている。