採録
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"指導される学生は罪の意識なくすんなり従ってしまいがちであり、また、研究室内で指導教官を批判することは、非常に難しいという実例をお話します。
Aさんは、博士の学位をとった翌年から4年間海外でポスドクとして働いていましたが、日本に帰国する必要ができて職を探していたところ、B教授に助手として雇いたいと誘われてB教授の研究室に入り、研究生、非常勤講師を経て2年後に助手に採用されました。
後に判明しましたが、B教授はその大学に赴任する以前から不正を行っていました。
最初、AさんはB教授から、別の論文に掲載した写真やグラフなどを再度使うように指示され、不審に思ったAさんはそれは問題にならないかとB教授に確認しましたが、「自分たちのデータを再度掲載することは問題ない」と言われ、そういうものかと従ってしまいました。
研究室では、ウェスタンブロットやRT-PCRのアクチンコントロールの写真を他の写真と差し替える事が頻繁に行われていきました。教授は、「ベータアクチンはやらなくてよい。大学院生のCさんがきれいな写真を何枚も持っているのでそれをレーンの数を合わせて使うように。1サンプルあたり500円もかかるので何度も失敗していては金がかかりすぎる」と指示し、全員にその写真が配られました。B教授からは、アクチンは何度やっても同じように出るので、見栄えのよいものを使えばいいと言われていました。
他には、サンプルを使い切ってしまい、やり直すのに時間がかかると教授に報告したところ、結果は同じなので別のデータを使うようにと指示され、Aさんは従ってしまいました。
他の人が指示されたケースでは、論文には3回の独立した実験を行ったと書かれているのに、実際には同一のサンプルを、測定値にわずかにばらつきが出るように機械の設定を変えて3回測定していました。このような不正を行った理由は、正直に3回の独立した実験を行うとばらつきが大きくなりすぎて、思ったような有意差が得られなかったからです。
また、内部コントロールで補正をする必要がある実験で、B教授は補正していないデータの方が都合が良ければ、そちらを採用するように指示していました。
Aさんは、これらのやり方はやはりおかしいと思い、B教授に意見をしましたが聞き入れて貰えませんでした。研究室の大学院生達に、コントロール実験をせずに他の写真を使い回すこと等は不正だと指摘しましたが、B教授に最初から教わっていた学生達には上手く理解してもらえませんでした。
その研究室では教授の指示に従っていれば、論文を書いてもらえるし、学長賞などにもノミネートしてもらえました。研究室の学生が新たに助教に採用されて同じやり方を学生に指示する様になり、不正行為が継承されていきました。
教授の意見に異を唱える事が多くなってきたAさんは研究室で浮いた存在となりました。
B教授とは方針が合わないので転職したいと他の先生に相談をすると、「転職活動をしていることがB教授に知れると、研究が全くできなくなる恐れがあるので、今は悟られないよう、なるべく言うことをきいて業績をためた方がいい」とアドバイスされました。
B教授の研究室で論文数を稼ぎつつ公募に応募した結果、Aさんは同じ大学の別の研究室の准教授に採用され抜け出すことができました。
しかし、その翌年に外部からB教授の論文不正が指摘され、Aさんが筆頭著者である複数の論文にも不正が発覚しました。これにより、Aさんは懲戒処分を受け、異動先の研究室でも揉めてしまうことになります。
研究室では、人事、予算配分などすべての権限を教授一人が握っているため、教授の言うことに異を唱えられない雰囲気があります。教授もこのような中にいると、自分がすべて正しいと思い込み、不正をしているとの自覚が持てなかったのではないかとAさんは推測しています。周囲も教授の言うことになんでも従う雰囲気があり、おかしいと思ったAさん一人では状況を変えることができず、自らも巻き込まれる結果となってしまいました。
Aさんの体験談の続きですが、内部告発の難しさと、研究機関による調査処分がどのようなものかという、一例としてお話します。
Aさんは、海外でポスドクとして働いた後、B教授の研究室に入り、助手に採用されました。B教授の研究室では、次第に研究不正がエスカレートしていき、これではダメだと判断したAさんは、同じ大学で別の研究室の准教授の公募に応募して採用されました。
AさんがB教授から指示された事が不正ではないかと思った時、安心して相談できる適当な窓口はありませんでした。もし誰かに不正の相談をしていることがB教授に知られたら職を得られないどころか、中途半端な業績で研究室から追い出されてしまう恐れがありました。そうなると、研究者としての道が塞がれてしまいます。
また、内部告発したことで研究室が閉鎖されたりすると、自分自身の研究ができなくなり自分の首を絞めるようなものですし、内部告発者が誰なのか犯人捜しが行われ、研究室の他の人々との関係が悪くなってしまうことが予想されます。
Aさんは、そうした理由から外部に相談するのを躊躇してしまったと振り返っています。
別の研究室に移る際に、Aさんは思い切って同じ学科の教授にB教授の不正について相談しようとしましたが、色々と出てきそうなので聞かないでおくと止められてしまいました。
その翌年、B教授の論文不正が外部からの指摘で発覚しました。Aさんは、研究室で行われた不正を全て正直に話そうと決意して告発文を書き、調査委員や、評議員、各学部長、理事に渡しました。
責任著者であるB教授が論文取り下げに動かないことから、Aさんは自分が筆頭著者となっている論文で不正があったものは自分で取り下げ手続きをしました。
あるジャーナルからAさんに、論文の取り下げに関してB教授から返答がないという知らせが来たので、そのことを学部長らに相談しましたが、論文を取り下げるかどうかは責任著者とジャーナルで決めるものであり、大学が取り下げを勧告することはできないと言われました。
しかし、このまま放置はできないので、Aさんは自分が共著者となっている論文については、筆頭著者の同意を得て取り下げの手続きをしまし
た。
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最初の学部内の調査では、多数の論文に不正があったと判定されましたが、実験ノートを調べる等の確認は行われませんでした。研究室で行われていた不正の手口についてAさんは調査委員会で明かしていましたが、それに基づいた調査が行われたのかAさんは疑問を持っています。
学内の調査で不正がないとされた論文の中に当時の学長が共著者となっている論文がありました。その論文には疑わしい点がありきちんと精査すべきとの指摘があり、外部調査委員会が立ち上げられ、実験ノートを含めた詳しい調査が行われた結果、B教授の指示によって行われた「不正論文」であると結論されました。
B教授は外部調査委員会の結論が出た後もその論文の取り下げ手続きを進めなかったので、この件についても共著者であるAさんが、取り下げの手続きを行いました。
B教授は、前に所属していた大学から出した論文でも多数の不正を行っていたことが指摘されています。これに関して、その大学からAさんに調査依頼がきて返答してから1年半程経ちますが、まだその結果は正式に公表されていません。
B教授は、懲戒解雇になりましたが、教授としての地位保全を求めて裁判所に申し立てをしました。大学の教育研究評議会から判断を一任された学長が和解を受け入れたことで、停職10ヶ月の処分に軽減され、その後教授として復職しています。B教授の科研費は停職処分を受けた期間の分は返却されましたが、この件の研究不正に関する最終報告がまだ出されていないことから、その返却理由は研究不正によるものとはされておらず、ペナルティーが発生していないのでB教授は今年度も新たに科研費を獲得して研究を継続しています。
Aさんの方は、筆頭著者となっている複数の論文に不正があると結論され、研究室の教授を除いたメンバーの中では唯一懲戒処分を受けました。停職3ヶ月の処分を受けた後、Aさんは大学側の指示に従い「体調不良」を理由にして科研費を返上しています。B教授と同様に研究不正が理由とされておらず、Aさんにもペナルティーは発生していないのですが、状況に誤解があった現在の上司であるD教授から5年間科研費の申請ができないと言われ、諦めて申請をしませんでした。Aさんは異動先の研究室にも馴染んで順調にスタートを切っていましたが、不正発覚後は、不正に手を染めた人物として信頼を失い、D教授からも色々と疑いを持たれてしまい、感情的な行き違いもあって関係が悪くなってしてしまいました。研究室のHPからAさんの名前が消されたり、居室が使用できなくなる等の問題が起きてハラスメントの相談をしています。現在は、その状況を打開するための処置として、大学側から新たに居室が用意されました。Aさんの研究費は、現在は大学から配分される少額のものしかなく、使用できる実験機器にも不自由している状態で、研究を続行することが難しくなっています。
この件については、不正論文の判定を巡って混乱があり、当時の学長が絡んだことで、B教授の復職も含めて色々な憶測が生じています。
不正発覚から3年8ヶ月経っても、まだ最終報告が出されずに長期化しており、この事がさらに関係者を疑心暗鬼にさせてしまい、精神的に辛い思いをする人達が出てしまっている状況です。"
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"論文不正をどのように防止するか
内部告発が多いので厳罰化すれば組織で隠蔽しようとする
第三者機関を作ることは方法であるが
高度な専門知識を持つ者がそのような第三者機関で中立の立場で働いてくれるかどうか疑問である
捏造の常習者が競争に勝ち残り、教授などのポストを得て部下や学生にも捏造を指示する様になれば、最悪
業績を増やすために、ほとんどその研究には貢献していないのに共著者として名前だけ入れてもらう場合もあり、こうした悪しき「慣習」についても、無くしていく必要がある
告発される側の視点からの問題として、実名者からの指摘に間違いがあれば名誉毀損として逆に訴える事ができますが、告発者が匿名だと責任逃れをされてしまうという不公平さがあります。匿名者の告発に頼る危険性として、匿名であることをいいことにライバルが出した論文の重箱の隅をつついてインターネット等で騒ぎ立てて評判を落とそうとする不届き者がでる恐れもあり
実験が上手く行かない場合はデータに関して他のメンバーと議論をしやすいのですが、望まれる素晴らしい結果が出た場合は「でかした!」と賞賛され、他のメンバーが疑念を示すのは成功者を妬む行為と取られやすく、指摘し難くなる傾向があります。
特に競争が激しい場合は、研究室内での「実験成功」はとても歓迎されるので不正に気付かれ難くなる上に、研究室の責任者が情報収集や研究資金の確保に忙しくなり不在がちとなって研究室内のことに目が行き届き難くなるという、悪循環ができてしまいます。
昨年(2012年)、1人の著者による不正論文が少なくとも172本という、不名誉な世界新記録が日本の研究者によって樹立されました。"