寒い日には寒い日なりの幸せがある ポケットの中の手がつるつるしていて温かい
暖かくなればそれはそれで幸せである 桜の木は芽が膨らんでいる
どんな時にも幸せのタネはあるものだ
貧乏は貧乏でなかなか幸せである 昼は納豆で夜は生卵で充分に幸せである
余裕があればそれも幸せである たまにはふりかけを使ってもいい
夫婦が仲良ければ幸せである
夫婦げんかをしていても、こればかりは誰も身代わりになってくれない厳しさの中に、かすかな幸せもある
雨の日には雨の日の香りがして楽しい
晴れの日にはひなたで体を温める
雪が降れば関東の人にとっては楽しいでは済まない事態であるが
空から降るものは避けられないのだから受け入れて対処しよう
つらい日々も、思い出としては強烈だ、一人で思い出して半日くらいはつぶせる
自分の生きてきた過去を忘れることなく刻印して思い出させてくれる
示準化石のようなものだ
楽しい日々はそれに比較してたまにしか思い出さない
いい過去ばかりを連想して思い出す人生もあるものだろうか
生まれ変わったらそうなりたいが
現状ではそうではないのでそれも与えられた条件として生きるだけだ
数学の問題と同じで
問題の前提条件に不満を持っていても正解には至らない
それはただの前提条件なのだし正解に至るための条件である
問題を解くのは正解に至るためであって
前提条件を嘆くためではない
とはいいつつも、難問はあるのだが
甘いケーキも美味しいが
目刺しの苦い内臓も美味しいものだ
人生の条件として与えられたものは仕方がない
ハードボイルドになって受け入れるしかない
嫌だと考えてもいいことはひとつもない
さっさと受け入れてその先を考えた方がいい
病気については神様の贈り物とは当分の間は思えないものだ
しかしそれもまた神様の与えた条件である
人間にできることは受け入れて努力することだけである
自分も大変だけどあの人も大変だなと思うから隣人愛がうまれる
夫婦は夫婦愛でもいいがまずは隣人愛でもいい
そして最後まで隣人愛だけでもいいではないか