電気けいれん療法、記憶消去実験で成果―オランダの神経科学者

 オランダの神経科学者らが、ヒトの脳に電流を流し、辛い記憶を消去する実験を行い、その成果を22日発行の専門誌「ネーチャー・ニューロサイエンス」に掲載した。これは、トラウマ(心的外傷)や精神障害、薬物中毒などの疾患に対する治療改善に向けた野心的な探求の一環である。
 実験では、患者はつらい話を聞かされ写真を見せられる。1週間後に電気けいれん療法(ECT)を受けた後、話を思い出してもらう。その結果、話は完全に記憶から消えていたことが分かった。実験を主導したオランダ・ラドバウド大学ナイメーヘン校の神経科学者Mrijn Kroes博士は「かなり強い影響がある」と、成果をあげたことを明らかにした。
 かつては、記憶がいったん脳に定着すると、ずっと保持され変わらいないと見られていた。不安障害の患者は、新たな記憶を組み込むことで不安に打ち勝つよう治療された。だがそれでも古い記憶は残り、いつ思い出すのかわからないとされていた。
 しかし10年ほど前に、実験用のマウスに恐怖を覚えた出来事を想起させたところ、その出来事の記憶は一時的に不安定になったように見えたが、何もしなければ2度目にはその記憶は定着したことが分かった。これが、再固定化(リコンソリデーション)と呼ばれるプロセスである。
 ところが、再固定化のプロセスを妨害する薬剤をマウスの脳に直接注入すると、恐怖の記憶はすべて消去されたものの、その他の記憶は消去されなかった。
 ヒトの記憶の固定化のプロセスを妨害することができるかどうかは難しいとみられていた。ヒトの脳に薬剤を注入するのは危険なことだからだ。Kroes博士らはその問題を避けられる方法を見いだした。
 同博士らの実験は、ECTを受けている深刻な鬱病患者39人を対象に行われた。これら患者は、ナレーションとともにコンピューター画面に映し出された2件のつらい話の写真を見せられた。1つは、自動車事故に遭った子供が手術で足を切断せざるを得なくなったというもの。もう1つは、姉妹が誘拐され、いたずらされたという話だった。
 1週間後、39人は無作為に3グループに分けられた。39人はつらい物語のうちの一方について詳細を思い起こす(リアクティベート)ようさせられる。
 Aグループはその直後にECTを施され、翌日に両方の話をどの程度覚えているか複数回答のテストを受けた。すると、リアクティベートを行っていない方の話については詳細をほとんど思い出した。
 しかしリアクティベートを行った話は記憶が極めてあいまいで、当てずっぽうといってもいいものだった。
 Bグループは、ECTを施された後、すぐに記憶テストを受けた。同グループの患者の記憶は両方の話とも完全だった。このことは、記憶に損傷を与えるには時間が掛かることをうかがわせる。
 CグループはECTを受けなかった。このグループは記憶がむしろはっきりした。これは、リアクティベーションもECTも記憶の再固定化を妨げ、ヒトの記憶を混乱させることを示している。