モンマルトルや上野公園に似顔絵描きがいたものだが
心理療法の一部は似顔絵書きである
患者は心の中の苦しさを語る
それが治療者の中で像を結び
解決策を考えたりする
素人療法はそのようなもので、大抵の場合にはそれでなんとか済むだろと思う
それはもう離婚したほうがいいよとか、たいして責任もなく言うようだ
しかしそれでは素人すぎるし、再現性がないし、原則性もないし、理論がない
もう少し洗練できないかと考えて、
傾聴するようになった
理解のサインを示しながら、ひたすら聴くのである
そのうちに患者が自然に自分の解決の方向を見つける
これはいい方法であるが時間がかかる場合があるのが難点である
中には治療者がもう少しだけ教育的機能を果たしたほうが
話が早いだろうという場合もあって
ある部分には理解を示し、
ある部分には理解を示さないという、微妙な方法を採用することもできる
積極的な関心を示す場合には聞き直しができるのだが
そうすることによって、その他の話題については聞き直しをしなかったという、ネガティブな評価を伝えていることになる
選択的な肯定もできるが
そうしなかった部分については選択されなかったという暗黙の判断が提示される
整理して要約することもできるが、それもまた、治療者の関与のしすぎである場合がある
しかしながらそうは言っても、ひたすら中立な鏡でいることも現実の人間存在である治療者には困難なことである
表情にはいろいろな反応が出てしまう
ーー
そう考えると、まずは静かに傾聴し、時間が立ち、治療者の内部に像が熟した後に、
選択的肯定をし、聞き直しをし、整理し、スケッチしなおしてみせることが有効である場合が多いと思う
患者の心の中のスケッチを描いてあげることであると私は思っている
絵の上手でない人は誰でも経験することだと思うが
自分が見ているものと
自分が描いたものとは
似ても似つかないものであることに失望するだろう
心の中であるから写真に撮ることもできない
そんなときに、話を聞いてもらって、治療者に上手にスケッチしてもらえたら、どんなにかありがたいだろうかと
私ならば思う
解決策の前に
心の中の正確なスケッチ
精神分析的な解釈などなくていいし
認知行動療法的な解釈などもなくていい
患者と共有できる、その時代、その地域の常識の範囲内で
くっきりとした正確なスケッチがほしいのである
患者が語らないことはもちろん語らなくていい
ーー
患者は自分について語る
しかしその語った言葉が不充分であることに失望している
眼の前にある薔薇は美しいのに
自分がスケッチした薔薇はその美しさを伝えていないのである
現実の薔薇と自分の描いた薔薇の差は素人でも感じることができる
そこでプロのスケッチの技を見せて欲しいのである
そして患者に、ああ、私の状態を表現するにはこのような方法があったのかと
納得させるようなスケッチであって欲しい
なにか学問的な背景があり、流派というようなものがあると、
知らず知らずのうちにまつげを長く描いたりしてしまうものだと思う
そのような変形はいらないと思う
学術用語を使うのではない
そういうものは時間が立てば意味のないものになってしまうし
患者にとって意味のあるものかどうか疑わしい
患者の語る言葉をそのまま書くというのとも違う
それでは患者以上のスケッチにはならない
しかし患者の語らない言葉を並べるのでもない
患者の話を素材として、選択して、整理して、圧縮して、のばして、全体をまとめる
精神分析や認知行動療法などの特定の流儀で選択するのではなく
患者と共有する常識の範囲内でまとめる
なによりも患者が納得できるようなスケッチ
ーー
多くの場合、治療者は、自分が患者の心の風景をどのように理解したのかを
丁寧に説明しない場合が多いと思う
自分にはどのように見えているか説明しない
それなのにその先の治療の話をすすめる
正確なスケッチよりも、診断内容、原因の理解、治療の方針、つまり
今後どのようにすれば良いのかを話し合うことが多いと思う
スケッチを示すことは省略して、
目指すべき未来像の提示とか、そんなことになっていると思う
こんな風にして努力して見ませんかとか
今あなたはこんなふうに過ごすべき時ですよとか説明したり教育したりすると思う
しかしその前に、患者の心の精密スケッチを提示したら、
患者の理解はとても良くなり、治療もはかどると思う
ーー
誰でも、他人のことについては、客観的ないい意見が言えるものだ
逆に自分のことになると見えなくなってしまうものだ
いったん、患者と治療者との間に、共有の、精密スケッチを置いて、
このスケッチについては、今後どうすればいいだろうかと考えるとすれば、どうだろう
患者からと治療者からとの等距離にある、客観的な像について、語り合うことになるのだから、
患者は考えやすいし、一致しやすいと思う
そうなれば、陰性転移や陽性転移も処理しやすいはずである
抵抗も解除できるはずである
密室で一対一で向き合っているのではない
患者と治療者と、患者の心の中のスケッチと、3つがあって、
患者と治療者はともに客観的な立場から観察して発言して思考できるのである
ーー
この方式を延長して、
患者と治療者と、「患者の心の中のスケッチ役」の
三者関係を考えることも出来る
難しい試みであるが、試みる価値はあるのではないかと考えている