薬物依存症 再使用防いで回復へ 認知行動療法とは?

薬物依存症 再使用防いで回復へ 認知行動療法とは?
 ◇「引き金」特定し対処法習得
 脱法ハーブや覚醒剤などの薬物依存症から回復するため、「認知行動療法」という外来集中プログラムが注目されている。米国で効果がみられた治療モデルを参考にしており、国内でも一部医療機関や精神保健福祉センターなどで取り組みが始まっている。
 ◇物の考え方見直す
 埼玉県立精神医療センター(同県伊奈町)の集団療法室。「仕事中に脱法ドラッグのウェブサイトを見てしまいました。また使いたい欲求はあるけど、ここでみんなにスリップ(再使用)したと報告したくないので、最近は使っていません」。10人の薬物依存症患者が参加した認知行動療法のプログラムで、男性患者は淡々とした口調でそう告白した。臨床心理士の山神智子さんは「仕事を休まずきちんとやれているのはすごい。今のままで十分ですよ」と優しく応じた。
 薬物依存症は精神疾患の一つ。脳内の神経細胞に異常が生じ元の状態には戻らないとされている。薬物を使ってはいけないと分かっていても、目の前にあると手を出してしまい、自分の意志だけではやめられない。
 認知行動療法では、物の考え方や人間関係を見直し、薬物を使うきっかけ(引き金)を特定して、再使用を防ぐ対処法を習得することを目指す。ワークブックを使うのが特徴で、薬物使用の問題点や対処法などがまとめられている。
 ◇ワークブック活用
 ワークブックには章ごとに「どんな時に薬物への欲求が強くなったか」「再発の正当化を自分にしたことがあるか」といった設問もある。プログラムでは患者が順番にワークブックを音読したり、看護師らスタッフが各患者の設問の答えをホワイトボードに書いたりし、患者と評価し合う。同センターの場合、プログラムは週1回程度、合計36週間に集中的に実施する。
 山神さんによると、患者から「再使用はまずいとためらえるようになった」「自分の引き金が分かるようになった」という感想をよく聞くという。
 ◇反省より背景分析
 米国は、裁判所が規制薬物の使用者に刑務所への服役ではなく治療を命じ、一定期間後の治療状況が良好なら無罪判決を出す制度(ドラッグコート)を1990年代から導入。多数の外来治療プログラムが開発されている。
 一方、日本では違法薬物を使った一部の受刑者に深い反省を求めたり、薬物使用による害を強調したりするミーティングが行われてきた。しかし、国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部の松本俊彦・診断治療開発研究室長によると、反省させたり薬物使用を叱ったりするだけでは回復が期待できないことが、海外の研究で分かってきたという。
 このため、松本室長らは、新たに認知行動療法を用いたプログラムを開発した。参考にした米西海岸を中心に実施されているプログラムは、治療からの脱落率を低くする効果が報告されている。2006年から、神奈川県立精神医療センターせりがや病院(横浜市港南区)での治療で、試験的に使い始めた。
 松本室長は認知行動療法の効果について「依存症は慢性疾患と同じで継続的な治療が必要だ。プログラムに参加し続けるなど治療の継続性を高められる」と指摘。「患者が自分の問題の背景を、スタッフと対等の立場で分析できるのがメリットだ」と説明する。
 ◇少ない実施機関
 しかし、実施している医療・行政機関は国立精神・神経医療研究センター(東京都)や肥前精神医療センター(佐賀県)、都立多摩総合精神保健福祉センターなど18都道府県の23施設しかない。松本室長は「患者に伝えるべき事柄はワークブックに網羅されているため、研修をすれば精神科医でなくてもこのプログラムを実施できる。研修の開催が普及への課題だ」と話す。また、全国に50カ所以上ある民間の薬物依存症リハビリ施設「ダルク」と、医療、行政機関の連携もかぎになるという。
 プログラムで使われているものの一つ「薬物・アルコール依存症からの回復支援ワークブック」(金剛出版、2520円)は市販され、一般の書店でも購入できる。