日本うつ病学会Q&Aより
Q4.. 新型うつ病が増えていると聞きます。。。。新型うつ病とはどのようなものでしょうか とはどのようなものでしょうか?
A4….
結論から述べますと、「新型うつ病」という専門用語はありません。むろん精神医学的に厳密な
定義はなく、そもそもその概念すら学術誌や学会などで検討されたものではありません。一方、
「非定型うつ病」は、歴史的にはさまざまな定義が与えられてきました、最近の米国精神医学会診
断基準(DSM-IV)では、大うつ病のうち、過食、過眠、鉛のような体の重さ、対人関係を拒絶され
ることへの過敏性などの特定の症状を有するうつ病と定義されています。この場合、正確には「非
定型の特徴をともなう大うつ病」と呼ばれます。しかし、啓発書やマスメディアで使われる「非定型
うつ病」は、教科書的なうつ病のプロトタイプに合致しないうつ病・抑うつ状態を広く指して用いられ、
「新型うつ病」とほぼ同義に扱われることもあるようです。
世間で「新型うつ病」あるいは「非定型うつ病」とされるのは、一般に次のような特徴をもつと思
われます。
1. 若年者に多く、全体に軽症で、訴える症状は軽症のうつ病と判断が難しい。
2. 仕事では抑うつ的になる、あるいは仕事を回避する傾向がある。ところが余暇は楽しく過ごせ
る。
3. 仕事や学業上の困難をきっかけに発症する。
4. 患者さんの病前性格として、“成熟度が低く、規範や秩序あるいは他者への配慮に乏しい”な
どが指摘される。
若年者のうつ病・抑うつ状態は、これまでも精神医学的な理解が難しい対象とされてきました。
古くは、ステューデントアパシー(Walters)、退却神経症(笠原)、逃避型抑うつ(広瀬)、などの概
念が提唱され、さまざまな角度から精神病理学的に研究されてきました。これらのうつ病・抑うつ
状態は、中高年に多くみられる、執着気質やメランコリー親和型性格を基盤とした、一般に重症と
なりやすいうつ病と異なるため、病態や治療法が詳しく検討されてきたのです。近年では、さらに
未熟型うつ病(阿部)、現代型うつ病(松浪)、ディスチミア親和型(樽味)などが提唱され、学問的
分析の対象となりました。これらの考察は純然とした学術論文として報告され、学問的議論の対
象となったものです。いずれも上記1~4の特徴を多かれ少なかれ持っていますが、それぞれに
切り口が異なり、異なる病理を描き出しています。また、いずれもメランコリー親和型性格を基盤と
したうつ病に比べて抗うつ薬の効果が弱く、軽症ながら難治な病態として注目されてきました。強
調したいことは、これらの精神病理学的議論は、患者さんの性格の問題をあげつらうためではなく、
治療者が、うつ病を十把一絡げにせず、一人一人の抱える問題についてきめ細かく分析し、適切
に対応するための議論でした。 もっとも、細心の注意をはらって診断し、個々に適切に対応するという基本姿勢は、メランコリー
親和型性格を基盤としたうつ病であれ、そうでないうつ病・抑うつ状態であれ、異なるものではあり
ません。うつ病の治療は、患者さん一人一人がもつ心理的、生物的、社会的要因を分析して、そ
れに併せて、精神療法、疾患教育、薬物療法、環境調整、リハビリテェーション(復帰リハ)を組み
合わせて行うものです。蛇足ながら、一般にうつ病の治療は薬物療法と「精神療法」からなると言
う場合に、「精神療法」とは、狭義の精神療法(支持的精神療法や認知療法などを含む)に加え、
疾患教育、環境調整、復職リハを含んだ、非薬物療法全体を意味していることがあります。
若年者において、その精神的な成熟度が低く、規範や秩序あるいは他者への配慮に乏しいこと
は、精神発達のステージからみても直ちに病的なことと決めつけることはできません。しかも社会
の風潮が規範や役割意識を以前ほど強調しなくなってきていますから、近年若年者でその傾向が
強まり、精神的成熟に年数がかかるようになったとしてもうなずけることです。一方で、近年の日
本では経済の低迷が長く続き、職場に余裕が無くなっており、労働者にのしかかる心身の負担も
増えていると思われます。特に、勤務経験の少ない、したがって技能の習熟度が低い若年者にと
り、うつ病・抑うつ状態が増えやすい労働環境に変化した可能性があります。
しかも若年は、双極性障害のうつ病相や統合失調症の好発年齢であり、また軽度発達障害の
方が社会にでて、適応困難を起こしやすい時期でもあります。これらの鑑別診断がきわめて難しく、
専門家が精神科診断面接を数多く重ねて初めて見えてくるものなので、安易に「新型うつ病」や
「非定型うつ病」と決めつけることは“誤診”につながります。
産業界や教育現場でのメンタルヘルスにおける混乱は、若年者のうつ病・抑うつ状態が教科書
や啓発本で読む典型的なうつ病患者さんの症状や治療経過と異なることからくるものではないか、
と推察します。したがって、日本うつ病学会としては、うつ病についてのさらに踏み込んだ啓発活
動が必要であると考えています。
最後に、うつ病の啓発が進んだために、人生の苦悩を抱え、自分はうつ病ではないかと疑い、精
神医学による解決を求めて受診する患者さんが増えている可能性があります。人生の苦悩と軽
症のうつ病との鑑別は容易ではなく、病気か病気でないかを簡単に決めつけることはできません。
両者の線引きは精神科医にとってもとても難しい問題で、安直な答えはありません。一般には、う
つ病の可能性を見逃すことのないように、幾度となく面接を積み重ねて、見立てをたて、その方の
苦悩をすこしでも和らげる方法を考えてゆきます。