“ さて、冒頭の疑問に戻る。あらゆる災厄のなかでも金融危機だけは一体なぜ、人々を結束させるどころか、逆に野蛮状態へと陥れるのか?  言い換えると、人間の脳は、金銭的不安に対する反応がバグっている。徒党を組んで社会的・政治的に大攻勢に出るべきタイミング、あるいは橋渡し型の社会関係資本(職を見つけるのに役立つ)に投資すべきタイミングで、逆に引きこもりがちになり孤立して、問題を悪化させてしまう。まるで誘蛾灯に吸い寄せられる蛾だ。  これが答えなのか? 違う。人間の脳にはたくさんのバグがある。薬物依存、プラシーボ

“ さて、冒頭の疑問に戻る。あらゆる災厄のなかでも金融危機だけは一体なぜ、人々を結束させるどころか、逆に野蛮状態へと陥れるのか?  言い換えると、人間の脳は、金銭的不安に対する反応がバグっている。徒党を組んで社会的・政治的に大攻勢に出るべきタイミング、あるいは橋渡し型の社会関係資本(職を見つけるのに役立つ)に投資すべきタイミングで、逆に引きこもりがちになり孤立して、問題を悪化させてしまう。まるで誘蛾灯に吸い寄せられる蛾だ。
 これが答えなのか? 違う。人間の脳にはたくさんのバグがある。薬物依存、プラシーボ効果、コンコルド錯誤、みなバグだ。これらのバグにはそれぞれ多少の対策がなされている。覚醒剤を乱用すれば刑務所行きだ。プラシーボ効果には二重盲検法が対策となる。今のMBAプログラムは必ずコンコルド錯誤を教えている(多分)。
 だが、金銭的不安のバグに対しては、ほとんどなんの対策もなされていない。
 このバグを、原始人の生活にたとえれば、こうだ――敵が武器を構え、雄叫びをあげて襲いかかってきたのに、応戦もせず逃げもせず、ただ憂鬱になって座り込む。そんなバグを抱えた種族は生き延びられないので、現生人類は誰もそんな反応はしない。だが、金銭的不安という敵に対しては、現生人類は「ただ憂鬱になって座り込む」。
 このバグは、襲われた本人のみならず、経済全体にも打撃を与える。社会関係資本が減ることで、治安の悪さ、うつ病、公教育の劣悪さ、起業の困難、脱税、汚職が増える。
 問題は、「これほど深刻なバグがなぜ未対策のまま放置されているのか?」だ。”