保健行動における自己効力感(self-efficacy)の意義
Bandura Aは、1977年に社会的学習理論(social learning theory)を提唱し、後には社会的認知理論(social cognitive theory)へと発展した6)。これはそれまでの動機づけの理論に認知心理学を適用したものであり、保健行動にも広く応用されている理論である。特に「観察学習(モデリングmodeling)」と「自己効力感(self efficacy)」の概念が重要である。
人間は自分自身の経験から行動を学ぶだけでなく、周囲の人の行動から間接的に学ぶこともできる。しかも、必ずしも他人の行動をその場で模倣するとは限らず、別の機会に同じような行動をとる場合もある。この観察学習は、(1)注意過程(モデルの行動を観察する)、(2)保持過程(行動を記憶する)、(3)行動再生過程(実際の行動を遂行する)、(4)動機づけ過程(行動が強化される)の4段階で成り立つ。そして、行動を遂行するための動機づけ過程には3つの強化すなわち、(1)外的強化 (2)代理強化 (3)自己強化、がある。
自己強化とは、自分のとった行動に自ら強化刺激を伴わせて行動のコントロールを図ることである。自発的な報酬・強化を生じるように環境に働きかける行動であり、「機会刺激-自発行動-強化の随伴性」という三項関係が成り立つ。この自己強化が形成する一連の過程が「自己統制(self regulation)」である。
それに対して、自己効力感とはある結果をもたらす行動ができるかどうかの確信度のことであり、この先行要因として結果期待(outcome expectancy)と効力期待(efficacy expectancy)がある。そして、自己効力感に影響する因子として、(1)成功体験、(2)代理体験、(3)社会的説得、 (4)生理的・感情的状態がある。
段階的な行動変容支援プログラム
行動変容は、多くの場合、長期間にわたって段階的に達成されるので、それに併せた支援モデルが必要となる。Prochaska JOの汎理論的モデル(The transtheoretical model)の基盤となるステージ理論においては、行動の変化を、無関心期、関心期、準備期、実行期、維持期の5つの段階に分類し、それぞれの段階に併せた保健指導の方法が提示されている7)。多くの場合、これらの段階を失敗と成功を繰り返して、行動変容が達成されるので、専門家は本人の心理的プロセスに併せて、意識の高揚、環境の再評価、行動の再評価、援助関係の利用、強化のマネージメントなどの対応をとることになる。これは、口腔保健の場面でも活用できる理論である。
本稿では、行動変容における心理学を中心とした古典的な理論を概説した。特に自己効力感と段階的な行動変容モデルは、スモールステップ、自らの成功体験、周囲の代理的経験、患者の問題に焦点を当てた医療者側のコミュニケーション、セルフモニタリングと自己決定などの重要性を示すものである。特に口腔保健は、本人の保健行動によって、比較的短期間に改善とその結果に関する自覚が得やすい分野である。そして、医療の質が確保されていれば、治療の成果に基づく内発的動機づけや自己強化に焦点を当てた指導が比較的容易であり、行動変容の支援に認知心理学の適用がさらに求められる。