“父は外交官で、その時はローマからイエメンに赴任する間だったので、ちょうど日本にいたんです。あれが、もし親父が海外にいたら、そこに行ってますからね。
で、まあ、日本に帰ってきて、親父としゃべりました。で、「1カ月半の自宅謹慎だ」と言ったら、親父が「勉強ができなくてイライラして人を殴ったお前が、1カ月間、家にこもれるはずがない。家に火をつけるかもしれないし、俺をブスッと刺すかもしれないしな」とか、言いたいことを言うんですよね。それで「どこか行って来い」って。
親父に「『どこか行ってこい』って言っても、しょっちゅう学校から電話がかかってきて、俺がいるかいないか聞いてくるよ」と。そうしたら、親父が「俺は外交官だ。外交官というのは、人をだますのが商売だ。俺にまかせておけ」と言ったんです。
佐々木 うん、すごいお父さんですね。立派。
野口 立派って言うんですかね? 僕はまあ、イライラしてたんで、「親父、あんな学校、もう辞めてやる」と言ったら、親父はたぶん、「お前、高校ぐらい出ておけ」と言ってくれるだろうなと思っていたんですよ。
でも親父が「ああ、お前、辞めるんだ。そうか、お前の所なあ、学費高いんだ。日本に帰ってきたしな、まあ、ちょうどいいんじゃないか? 辞めろ」って言うから、びっくりしましたね。カクンとしました。
それで、その時親父が言ってたのが、「まあ、これから先、学歴社会ではない。俺は、東大に行って、外務省に入って、今は大使になった。だけど、たかだか今からあと十何年もしたら退官する。退官したら、肩書きが何にも残らない。元大使。元、だよ。この大使っていう肩書きは、あくまでも外務省のポストの肩書きであって、俺個人のものじゃない。引退したら、俺は寂しいんだろうなあ」って言うわけですよね。
「どうせ生きるなら、野口健っていうお前の名前がひとつの肩書きになるような生き方をした方が楽しいと思うんだ。ただ、たとえばそのためにこういうことがやりたいというのがあって、それで学校に行かないのならまだわかるけど、こういうことをやりたいんだっていうのがないのに、学校が辛いから辞めるっていうのは、それは逃げでしかなくてね、まあ、意味がないと思うけど、所詮はお前の人生だからね」って言われましてね。”
— ウィンウィン対談 野口 健さん 「エベレストは実に人間くさい所だったです。」