最も有名なヴァイオリンの1つとして名高いストラディヴァリウスが、現代の3次元CAD技術で精密に再現されました。美術品の真贋といえば放射年代測定ということか、挑戦者は音楽を愛する放射線科医にして元ミネソタ大学助教授の Steven Sirr 氏。X線コンピュータ断層撮影(CAT)で分析した結果は北米放射線学会で発表しており、好事家の手慰みといった次元ではありません。
Sirr氏がそもそも楽器のCATスキャンを始めた動機は「銃で撃たれた人を診たときのこと。患者が手術に運びだされたあと、(Sirr氏本人が練習に持ち込んでいた) ヴァイオリンをスキャナに突っ込んでみた。いろいろ向きを変えたりして見ているうちに、これはじつに興味深い観察対象だと気づいた」。さらに、洪水や戦争を含めた諸要因がバイオリンに多様性をもたらすことについては「ちょうど人間のようだ」。贋作作りが稼業の外道キュレーターも逃げだしそうです。
スキャンと複製の対象になったのは、米国議会図書館が所蔵するアントニオ・ストラディバリの作品 " Betts "。一発ネタ的な調査ではなく、1000回以上のスキャンをくり返し、虫食いや乾燥によって発生する小さな亀裂が楽器にあたえる影響や、長年の使用で生じた歪みまで分析した上での所行です。決定的なのは異なる密度で異なる木材が組み合わさっている部分、つまりストラディヴァリウスの秘密とでもよぶべき要素が精密に計測され、コンピュータ制御旋盤で出力できるCADデータ化された点。単に形状を複製しただけでなく、数百年を経て変化した木質まで考慮して材質を選び、楽器職人が「複製」を完成させました。
また、アンティーク価値がきわめて高い物品を複製する行為そのものついては、歴史あるバイオリンが投機的性質を帯び価格が高騰しているなか音楽を志す者にとってよりよい楽器を手に入れるチャンスとなる、こうした研究がむしろ本物のストラディバリウスの価値を担保するなど、前向きな主張がなされています。「あんな木箱くらい科学で再現してやれ」といった虚無的な動機ではなさそうです。
現代科学の魂が宿るレプリカの奏でる音は、Sirr 氏いわく「驚くほどよく似ている」。数億はくだらないであろうブランド品をコピーしたことですし、せっかくなので聴覚面も音響学にもとづいた定量的尺度での再現に挑んでもらいたいところです。ただ、そこまでつきつめたうえで公共財として公開してしまうと世界のヴァイオリン市場がさすがに混乱するかもしれません。