グループシンク(集団浅慮)
グループシンクとは1972年に社会心理学者のアーヴィング・ジャニスが提唱した概念であり、「集団で決めた事柄が大きな過ちにつながる」現象を指しています。
グループシンクは学術的用語であり、実は難解な概念です。が、語弊を恐れずに単純化すると、「一人で考えれば当然気づいたことが、集団で考えることによって見落とされる」現象と言っても良いでしょう。より細分化すると、集団で取り組んだために、「必要な情報を収集しなかった」「情報の分析による判断を誤った」「実行しながらの修正をかけなかった」といったことが起きる現象を指します。
我々が説明に使う比喩は以下です。交通量の激しい道路を横断するとします。一人で渡る時には、左右をしっかり見渡し、信号が青になったら渡ります。当然のことです。ところが大勢の仲間とワイワイと会話しながら渡る際には、先頭集団についてゆく(集団の一体性を維持する)ことだけを重視し、自動車が迫っていようと、赤信号だろうと渡ろうとしがちです。誰もが目にしたり、自分で経験したシーンではないでしょうか。
【ジャニスの提唱した概念】
ジャニスの提唱した内容に戻りましょう。彼は米国大統領とその周囲のアドバイザーたちの集団を対象とし、後から考えると「なぜそんな決定をしてしまったのか」「なぜその危険に気づかなかったのか」といった事例を研究しました。具体的には「日本が真珠湾を攻撃する可能性を過小評価した」、「各方面からの警告を無視してベトナム戦争へ深入りした」などです。
その結果、ジャニスはグループシンクの症状、それがもたらす結果、そしてその対策を提唱しています。
まず、グループシンクには8つの症状があるとしました。当時の米国の例では実感が沸きませんので、2007年に発覚した赤福餅の表示偽装問題に照らし、多少の想像を加えながら解説しましょう。ちなみにこのスキャンダルは職場ぐるみでの違法行為が常態化していたものであり、グループシンクの典型例と言えます。
症状1:自分たちは絶対に大丈夫という楽観的な幻想
「赤福はすごいブランドなんだから、多少のリスクではびくともしないさ」
症状2:外部からの警告を軽視し、自分たちの前提を再考しようとしない
「最近の食品偽装疑惑なんて、おれたちには関係ないよ」
症状3:自分たちが正しいのは当然とし、倫理や道徳を無視する
「余った赤福を冷凍し再利用する。地球にやさしい良いことじゃないか」
症状4:外部の集団への偏見・軽視
「農林水産省のお役人なんて、ちょろいもんさ」
症状5:異議をとなえることへの圧力
「今のやり方が違法だと言おうものなら村八分にされそうだ・・・」
症状6:疑問をとなえることへの自己抑制
「何かおかしいとさえ思ってはいけないんだ」
症状7:全員一致の幻想
「みんなこれで良いと思ってるんだ」
症状8:集団の合意を覆す情報から目をつぶる
(他社の食品偽装問題が取り上げられているTV番組を見て)「おい、こんなつまんないニュースはもう良いよ。野球にチャネルを変えようぜ」
ジャニスは上記の8個の症状が、以下の8個の結果につながるとしています。
結果1:代替手段が十分に検討されない
結果2:目標が十分に吟味されない
結果3:決定した案が持つリスクが検討されない
結果4:初期に取り除かれた代替案が再考されない
結果5:情報収集が不十分
結果6:手元にある情報を偏見に基づいて分析する
結果7:うまくいかなかった時の二の矢、三の矢があらかじめ検討されない
結果8:最終的に成功確率が低下する
最後にジャニスはグループシンクを避けるための6つの対策を提唱しています。
対策1:リーダーはメンバーひとりひとりに批判的な目を持つ役割を割り振る
対策2:リーダーは自分の意見や予測を最初は言わないようにする
対策3:それぞれのメンバーはグループの意見について信頼できる外部の人の意見を求めるようにする
対策4:外部の専門家をグループの議論に加える
対策5:最低1名のメンバーが「常に反対する」役割を担う
対策6:リーダーは外部からの警告を検討する時間をあらかじめ確保する
【我々の考察】
ジャニスの提唱した概念は約40年たった今でも有効であり、多くのビジネスパーソンが「それ、あるある!」と具体的な事例に思い当たるはずです。
一方で超優良企業と呼ばれて成功している企業のいくつかは、グループシンクと共通の兆候が見られることにも気づきます。特にカリスマリーダーや強烈な理念を持つ集団、例えばユニクロ(ファーストリテイリング)、信越化学、ヤマダ電機、かつてのリクルート、ディズニーなどです。これらの集団の構成員たちは、ある方向が絶対に正しいと心の底から思い、他の価値観にぶれることなく、まっすぐに突き進みます。そして極めて高い業績やパフォーマンスを実現させています。
これらの集団とグループシンクに陥る集団は「凝集性が高い」ということで共通しています。一致団結し、皆で同じ方向を向き、わき目もふらずに突き進みます。プロセスは似ています。そして結果がどう出るかは、リーダーが示す方向性の良し悪しによって決まるのではないでしょうか。
となると上述した超優良企業はハイリスクを取ることによりハイリターンを実現しているとも言えます。リスクとはカリスマリーダーが去ったり、その方向性が時代の変化から乖離した時に、まさにグループシンクに陥るということです。
一方でグループシンクへの処方箋としてジャニスが示した6つの対策は、「集団の凝集性を低めよ」と言っているとも解釈できます。それによりリスクを低減できるでしょう。リーダーが示す方向性に依存することなく、一定のパフォーマンスをあげることが出来そうです。しかし皆が一丸となって突き進むイメージは失われ、効率は落ちると思われます。