「いやあ、私は本当に、2~3回クリックするだけでテレビ会議ができるものなんだと思ってたんですが」

とくに名を秘す某社で、本当にあったこと。
その会社は本社と支店との月例会議を、支店長を本社に呼んで行っていた。ところが、「わざわざ会議のためだけに、時間と金をかけて本社に来てもらうのは、非効率。今はネット時代なのだから、インターネットを使ってテレビ会議をしようではないか」 と、2代目若社長が提案した。
ところが、支店長は先代社長時代からの番頭格で、IT にはからきしうとい。
「社長、そんなこと言っても、えらく難しそうじゃないですか」
「何言ってるんだよ、今どきこんなこともできないでどうする。うちの中学生の息子だって、友達と延々 PC でテレビ電話してるぞ」
「そんなこと言っても、若い者とは感覚が違って……」
それでも若社長は言う。
「大丈夫だよ。PC の画面に向かって、マウスを 2~3回クリックするだけでテレビ会議ができるソフトを、近々入れてあげるから」
「本当に、画面に向かって 2~3回クリックすれば、テレビ会議ができるんですか?」
「おぉ、できるとも。簡単だ」
「それなら、来月は試しにそれ、やってみましょう」
支店長はごく単純かつファンタスティックに、PC のデスクトップにあるボタンか何かを 2~3回カチカチっとくりっくすれば、テレビ会議ができる画期的なソフトを、社長が入れてくれるのだと期待した。しかし、テレビ会議の当日までに支店長用 PC にセットされていたのは、”skype ” だった。
支店長はあわてて本社に電話した。
「社長、この、どこを 2~3回クリックするんですか?」
「Skype 立ち上げて、メニューから僕の名前を選択して、次に 『電話と通話』 ボタンをクリック」
「はあ? だって、2~3回クリックすればいいなんて、いかにも簡単そうなことをおっしゃるから……」
「だから、この 3回だけクリックすれば OK」
「そんなことを言っても、どこをどうクリックすれば……」
「だから、Skype を立ち上げて、メニューから……」
「さっぱりわかりません」
というわけで、結局は支店長が翌日に本社に出向いて会議をすることになってしまった。実際に顔を合わせた会議で、支店長は言った。
「社長、あんな難しいんじゃなくて、今度こそ、本当に 2~3回クリックするだけでテレビ会議ができる、簡単なソフトを入れてくださいよ」
「だから、あれが 2~3回クリックするだけでテレビ会議ができるソフトなんだよ」
「いやあ、私は本当に、2~3回クリックするだけでテレビ会議ができるものなんだと思ってたんですが」
若社長は絶句するしかなかった。彼の言った 「2~3回クリックすれば、すぐにテレビ会議 OK」 は、まったくその通りでウソ偽りのないところなのだが、たったそれしきのことが、ものすごく高いハードルだったようなのだ。
これが地方の中小企業の実態である。これはもう、支店長の方も代替わりするまで待つしかない。