第16章 パーソナリティ障害と双極性障害

第16章 パーソナリティ障害と双極性障害
ポイント
・双極性障害と同時に見られるパーソナリティ障害の中で多いものは境界性パーソナリティ障害と自己愛性パーソナリティ障害である。
・ラビッド・サイクラーの場合にはパーソナリティ障害は隠されてしまう。
・双極性障害が躁病や軽躁病のあとで精神病状態になっている場合、スキゾタイパル・パーソナリティ障害を考える。
・躁病と同じくうつ病は薬剤で治療可能である。しかし背景にあるパーソナリティ障害は変えられると思わないほうがいいだろう。
双極性障害の表面をひっかくと、下に隠れていた境界性パーソナリティ障害が見える
—–Unknown
境界性パーソナリティ障害と双極性障害の両方を持つ患者に敵意を向けられることは、多くの医師が経験していることだ。
双極Ⅰ型の患者が躁状態だったり軽躁状態だったりすると、患者は自分や他人に対して肉体的にも感情的にも攻撃的になり、自殺の形を取る。境界性パーソナリティ障害の患者は双極性障害と似たような敵意かつ/または攻撃性を呈する。
もし双極性障害患者が、躁状態でもなく軽躁状態でもなく、しかも自分を含めてすべての人に怒りを感じているとしたら、その患者はまた境界性パーソナリティ障害だろう。
もし双極性障害患者が自分は重要人物だと考えていて、過剰な賞賛を要求するならば、背景にあるのはおそらく自己愛性パーソナリティ障害だろう。
キーポイント
双極性障害と診断するには、高揚した気分からうつ気分への変化が必要である。
単極性うつ病と双極性障害はしばしば混同されている。大うつ病の定義は、以下の5つ以上が二週間持続しているものである。(1)抑うつ気分(悲哀)、(2)普段の生活での関心や喜びの減少、(3)体重減少または増加、(4)不眠または過眠、(5)不穏または抑制、(6)疲労またはエネルギー喪失、(7)無価値と感じる、不適切な罪悪感、(8)集中困難、(9)自殺念慮。
もしうつの時期に、自己評価の膨張、睡眠短縮、会話促迫、競合思考、注意散乱、愚行、などのような躁病エピヒードが見られたら、双極Ⅰ型である。
ときに双極Ⅰ型患者は躁病エピヒードの間に幻覚妄想をを経験する。
双極Ⅱ型患者が経験する軽躁病エピソードは、膨張的でイライラした気分の高まりが4日続き、自己評価の高まり、睡眠短縮、思考奔逸が見られる。
双極Ⅱ型患者では幻覚妄想はない。幻覚妄想があったら双極Ⅰ型である。
大うつ病かつ/または双極性障害のⅠ軸診断に、Ⅱ軸診断を加えようとすると、事態は複雑になる。
妄想性パーソナリティ障害患者が双極Ⅰ型を持っていたら、迫害的妄想と幻覚を周期的に呈するだろう。
境界性パーソナリティ障害患者が双極Ⅱ型を持っていて軽躁状態になった時、時にイライラがひどかったりするだろう。
症例スケッチ
ジャックは30歳、高校の英語教師。人生を通じて気分のアップダウンを経験してきた。この前の冬には、あまりにもうつが苦しかったので、この苦難をストップさせようと、高層マンションのテラスから身投げをしようかと思っていた。体重は20ポンド増えて睡眠時間は12時間だった。3月になってうつは寛解し、その約1ヶ月後に奇妙なことが起こり始めた。ジャックは2年間酒を飲まないでいたのだが、異常なエネルギーが満ちてきて、酒を毎日飲んでいた頃の感じを思い出した。学校では同僚が彼に活動性が亢進していることを指摘していた。彼があまりに早く教材を終わってしまうのでノートを取る時間もないと学生からは不満が出た。学生が質問すると、双極性障害患者にはよくあることだが、ジャックは彼らにガミガミ言った。創造的活力が満ち溢れ思春期の頃を思い出した。ある夜、かれは座って2つの短編小説と詩を書いた。高揚したついでに彼は大西洋岸の町まで旅行しギャンブルで、年収以上のお金を5時間で使ってしまった。異なる娼婦と三回性交渉を持った。ニューヨークに帰っても彼は依然として過剰興奮していて、セントラルパークの水たまりに飛び込んだりした。そのときは反対岸まで泳ぎきれるか試してみたかったと語った。警察がやってきて凍りそうに冷たい水から彼を助けだした。近くの救急救命室でオンコールの精神科医は暫定的に双極Ⅰ型と診断した。リスパダールと炭酸リチウムを処方され、ジャックはよく反応し、仕事はたった2、3日休んだだけで躁病エピソードは終わった。
彼なりのいつもの状態に戻ってみると、彼は依然として自分を「特別」と感じて、同僚や学生から賞賛を得たいと思った。彼は依然として誇大的であり、自分は「ヘミングウェイの様素晴らしい作家」と感じていた。依然として共感は欠如し自分の外見と能力の素晴らしさについて自慢げに思っていた。ジャックの自己愛性パーソナリティ障害はリスパダールと炭酸リチウムによっても治療されなかった。双極Ⅰ型については薬剤でよくコントロールされた。
ディスカッション
ジャックの抑うつ的な冬のエピソードは多くの双極性障害には典型的である。このパターンは季節性感情障害(seasonal affective disorder:SAD)として知られている。冬にメランコリーになり、春に躁病になる。ジャックが完全な躁病とうつ病の時期を経験する前は、気分循環症だった。つまり、毎年ふさわしい時期にうつになり別のふさわしい時期に躁になりというサイクルを反復する。ジャックの発症年齢は30歳で、これも双極性障害には典型的である。躁病エピヒードの時期には、動きまわり、喋りまくる。多くの双極性障害患者は躁病エピヒードの時期に自分の最も画期的なアイディアが浮かんだと思っている。もし彼らがこのエネルギーを上手に利用して仕事に生かせるようになれば、彼らは現実にうまく適応できる。問題は、彼らが正常状態に戻った時に、これらの考えの多くを忘れてしまうことである。リチウムを服用している多くの患者が言うには、リチウムは創造性を抑制する、だから彼らは服薬を早めに中止してしまうのだという。
双極性障害では判断力が損なわれる。ジャックは躁病エピヒードがの時期に、ギャンブルで大金をなくしたし、ハイリスク・パートナーとの無防備な性交渉をし、凍った水たまりに飛び込んだ。
アルコール症の病歴もまた双極性障害には典型的で、双極性障害とアルコール症または薬剤乱用は併発する。
彼が飲酒をやめていたおかげで彼の問題は小さくなったし、診断も確実になった。3週間し
てリスパダールは中止され、リチウムは服薬維持して健康を維持している。彼は自分が季節によってアップダウンの循環を繰り返していることを感じている(そしてもちろん彼は自己愛性パーソナリティ障害を持っている)。しかしかれはもう躁病エピソードもうつ病エピソードも経験しなくなっている。ジャックはその点ではとても運が良かった。必ずしもすべての患者でこのようにうまくいきわけではない。リチウムを投与していても躁病とうつ病の波を繰り返す人は多い。寛解を維持するために他の薬剤が必要な患者も多く、バルプロ酸、カルバマゼピン、ガバペンチン、ラモトリギンなどが用いられる。
双極性障害はシゾフレニーのようには崩壊性ではない。躁病や精神病性エピソードがあったとしても、通常は病前の状態にまで回復する。しかし、双極性障害で自己愛性パーソナリティ障害を持つ場合、患者は医師と必ずしも全ての問題を共有するわけではない。患者は医師に自分のいいところだけを見せようとするからだ。したがって、ジャックのような患者の場合は、もし協力してくれる人がいたら、家族の誰かと情報を共有するのがよい。
もし躁病のあとでジャックが正常状態に戻らないなら、スキゾタイパル・パーソナリティ障害を鑑別しなければならない。例えば、ジャックが自分の能力について奇妙な信念を抱いていたり、自身についての魔術的な考えを抱いていたり、あるいは外見が奇妙だったりした場合、診断としてはスキゾタイパル・パーソナリティ障害となる可能性がある。
ラピッド・サイクリング患者の場合、極めて素早く病像が交代し、多くの診断の可能性は隠蔽されてしまう。たいていのうつ病は最初は単極性に見えることを思いだそう。双極性は考慮されないことがしばしばである。したがって、抗うつ薬がどんどん処方されている。しかも精神科医ではない医師によって処方されている。そして実は双極性障害患者であった人が躁病を呈してはじめて精神科医が呼ばれる。双極性障害患者がうつ病のときには抗うつ薬は必要であるが、注意深く投与されなければならないし、気分安定薬や抗精神病薬と併用が必要な場合も多い。精神科医は詳細に病歴を調べ、単極性か双極性かを探る。食欲、睡眠、活動性、気分などのパターンが調べられる。時には、最初のうちは双極性障害であることを決定できない可能性もある。