若い自分との不連続の感覚

年をとって思うのだけれども
若い自分と現在の自分が本当に連続したものなのかという気分は
かなりある

長い時間ということも一つだけれども
境遇が大きく変わったということも一つだろうし
後半になるほど忙しくて内省が乏しくなっていることも関係しているだろう

年をとった今では内省など無意味だと平気で言える

しかし何かの機会に自分が昔暮らしていたあたりを通りかかったりする
季節によっては花を見かけて何かの場面を思い出す
それは自分なのかと不思議な思いにとらわれる

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今日、スポーツに打ち込んでいる大学生と話した
自分の息子にはこんなふうになってもらえばいいなと思ったものだ
そんなことを思う自分もまた過去と不連続である