採録
田中角栄が愛した神楽坂芸者。
「本当の夫婦のように過ごした日々は幸せでした」と元首相の田中角栄氏の思い出を語る辻和子さん。
角栄氏の苦楽 神楽坂の元芸者、『夫』を語る
元首相の死去から10年を経て初めて「夫」の素顔を語った。
熱情 (田中角栄をとりこにした芸者), 辻和子, 講談社, 1,575円
「三木(武夫元首相)にやられた。三木にやられた」。一九七六年二月、米国の上院外交委員会に端を発したロッキード事件。逮捕された田中角栄氏が八月に保釈後、辻さんの待つ神楽坂の家に戻ったとき、一点を見据えて悔しそうにつぶやいた。「アメリカのせいで…」とも。辻さんにとって角栄氏が一番かわいそうに思えた瞬間だった。
田中角栄・元首相が愛した神楽坂芸者、「おとうさん」を語る
田中角栄元首相との間に2男1女をもうけた東京・神楽坂の元芸者、辻和子さん(77)の自伝「熱情」が4日、講談社から出版される。半世紀近い関係は、政界では公然の秘密だった。元首相が死去して10年。「年々、記憶も薄れ、思い出を公にしておきたい心境になりまして」と話している。
和子さんは東京・深川の生まれ。8歳で神楽坂の置屋の養女になり、14歳で「円弥」の名でお座敷に上がった。9歳上の元首相と出会ったのは19歳のとき。戦後初の総選挙で元首相が落選した直後だった。
51年に長男が生まれてからは芸者をやめ、育児に専念。元首相は長男、次男を認知している。
政界の実力者になっても、元首相は和子さん宅へ足を運んだ。時にはSPを引き連れて来ることも。政治の話はしなかった。「どんなに遅くなっても必ず目白の自宅に帰っていました」
「今太閤」ともてはやされた絶頂から、ロッキード事件で刑事被告人へ。保釈され、和子さん宅に上がるなり、元首相は一点を見つめて言った。「三木(武夫元首相)にやられた。三木にやられた」。憂いを含んだ、かすれた声。「あのときのおとうさんが、それまでで一番かわいそうなおとうさんでした」とつづっている。
本書では、大の焼き餅焼きだった元首相の素顔のほか、85年に元首相が倒れて以後、面会さえ許さなかった田中家との確執にも触れている。
表紙に元首相との写真が使われた。ツーショットはこの1枚しかない。「用心しました。私は公の場所に絶対に出ないつもりでしたから……」。いまの心境を、元首相がよく色紙に書いたこんな歌に託す。
「岩もあり 木の根もあれど さらさらと たださらさらと 水の流るる」