本書は,“Comprehensive Guide to Interpersonal Psychotherapy”の全訳である。2000年に米国で出版された原書は,現在,最も正式な対人関係療法(IPT)のマニュアルであり,1984年に出版されたオリジナル・マニュアル(邦訳は1997年に岩崎学術出版社から出版された『うつ病の対人関係療法』)を改訂したものである。
対人関係療法(IPT)は,現在では,エビデンスに基づく精神療法として認知行動療法(CBT)と双璧をなす治療法として国際的に知られており,米国精神医学会のうつ病治療ガイドラインなどにおいても有効な治療法として位置づけられているものである。その後,うつ病以外にもさまざまな障害やさまざまな患者層に向けて修正され,効果が検証されてきた。1960年代末から開発されたが,効果検証のための臨床研究を優先させたため,一般臨床に普及するようになったのは1990年代に入ってから,という特異な歴史を持っている。
1984年版のオリジナル・マニュアル『うつ病の対人関係療法』は,Klermanが筆頭著者となって書かれたものであるが,彼は1992年に逝去した。現在ほどIPTが全世界に普及するとKlermanは思っていなかっただろう,とIPTの共同創始者でありKlermanの妻でもあるWeissmanは述べている。それほどに,IPTは,彼が亡くなってからも発展を続けている。それが,マニュアルの改訂が必要となった大きな理由である。本書の第2部以降は,オリジナル・マニュアルには含まれていなかった内容であるが,1984年以降に,いかにIPTが成長したかということを示すものであろう。2000年に出版された本書の著者にKlermanが含まれているのは,そんなすばらしい治療法を世に送り出した主力となった彼への敬意の表れである。訳者である私は,そんなところにもIPTのスピリットを感じている。
日本でも近年IPTへの関心が急速に高まり,厚生労働科学研究にも加えていただけるようになった。そんな中,絶版になった『うつ病の対人関係療法』を復活させてほしいという声が多く聞かれるようになった。そこで今回,日本におけるIPT普及の原点である岩崎学術出版社から改訂版のマニュアルである本書の訳書を出版していただけることになり,心から感謝している。なお,保険会社に支配された米国のマネジドケアに関する部分など,日本における臨床と直接関係のないごく一部は省略させていただいていたことをご了解いただきたい。
本書が出版された2000年以降にも,IPTは進化を続けている。最新情報は,国際IPT学会(International Society for Interpersonal Psychotherapy : ISIPT)のウェブサイト(http://www.interpersonalpsychotherapy.org/)を参照していただきたい。
本書の出版によって,KlermanやWeissmanが志した形で,日本の臨床の場にIPTがさらに広がることを心から期待しています。
水島広子
目次●
序文
IPTの概観
第1部 うつ病の対人関係療法を実践する
1 IPTの概要
2 初 期
3 悲哀(複雑化した死別反応)
4 対人関係上の役割をめぐる不和
5 役割の変化
6 対人関係の欠如
7 治療の終結
8 具体的な技法
9 よくみられる問題
10 大うつ病の急性期治療の効果データ
第2部 気分障害へのIPTの適用
はじめに
11 反復性の大うつ病に対する維持IPT(IPT-M)
12 気分変調性障害に対するIPT(IPT-D)
13 思春期うつ病に対するIPT(IPT-A)
14 高齢者のうつ病に対するIPT
15 夫婦間不和のあるうつ病患者に対する夫婦同席治療(IPT-CM)
16 双極性障害
17 プライマリケアと身体疾患の患者
18 うつ病のHIV陽性患者に対するIPT(IPT-HIV)
19 産前産後のうつ病患者
第3部 気分障害以外へのIPTの適用
20 物質使用障害
21 摂食障害:神経性大食症と神経性無食欲症
22 不安障害
23 開発中の適用
第4部 IPTのリソース
24 IPTの新しいフォーマット:グループ,電話,患者ガイド;他の言語と文化における翻訳と活用
25 トレーニングと治療マニュアル
第5部 IPTの今後
IPTの今後
付録 統合的な症例