民泊業

日本政府は民泊を全面解禁にするつもりで、5月13日、その原案をまとめた。これが順調に進むと見越して、民泊業に参入しようと思う投資家が都内のマンションを確保する動きはすでにかなり前から始まっており、不動産の高騰が続いている。
東京では、民泊に利用できるような小さなマンションを、ろくに見学もせずに買い集めている外国の業者もいるという。
一方、同じ5月の1日より、ベルリンでは、「民泊」を禁止する法律が100%有効になった。同法律は2014年に可決されたのち、家主に考慮して2年間の猶予が設けられていたが、ようやく全面的に施行されたのである。
以後、この法律に違反して部屋を貸しているのが見つかると、最高10万ユーロ(1300万円)の罰金となる。この高額の罰金に、ベルリン市の必死さが感じられる。
ベルリン市が「民泊」を禁止したのには深刻な理由がある。
手頃な値段で借りられるアパートがあまりにも少なくなり、当然のことながら、家賃の高騰という問題が、すでに何十年も続いている。うちの長女が学生の頃ベルリンに住んでいたので、そのひどさは私も肌身に感じて知っている。当然、ホテルも高く、お金のない観光客にしてみれば、割安な民泊はありがたい。
民泊で一番有名なサイトはAirbnb(https://www.airbnb.jp/)だが、このサイトが提供している部屋が、ベルリンだけで1万7000部屋以上ある。自分の借りている部屋を貸すのは、今まで何の許可も要らなかった。貸せば、もちろんかなりの稼ぎになる。ベルリンのように、観光客の集中するところでは、借り手が尽きることはない。
ただ、民泊が増えると、その地域の住宅が不足し、家賃が高騰するだけでなく、他にもいろいろな問題が生じる。
ヨーロッパの民泊は歴史が長く、それはそれで良い風習であったが、昨今は、インターネットのおかげでそこに拍車がかかり、「民泊」が古き良き時代の枠を超えてしまった。
そんなわけで、民泊で困っている都市は他にも多々あり、興味深いことに今年の3月、“民泊先進国”であるフランスから、宿泊業界団体の代表らが訪日して、民泊解禁へ警鐘を鳴らした。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160523-00095025-hbolz-soci
零細の旅館は太刀打ちできない
フランス人が訴えた内容は興味深い。
現在フランスでは、1日に1件の割合で、ホテルが廃業か倒産に追い込まれているという。特にパリではベルリンと同じく、アパートなどの所有者が民泊営業に物件を回すため、もともと高かった家賃がさらに上昇している。
賃貸の部屋は通常2年ごとに契約が更新されるが、普通なら、多少の家賃の値上げはあっても、契約はほぼ自動的に更新される。ところが現在、4件に1件は更新されず、借りていた人は出ていかなければならないという。
民泊業には規制がかからない。あるいは、規制があっても監視が機能しない。フランスでは、年間の民泊営業は120日までと決められているそうだが、それすら守らなくてもわからない。
観光立国フランスは、年間8000万人が訪れる。パリだけでも、しかもAirbnbで斡旋される部屋だけでも6万件、20万床。2008年から2015年にかけてパリの外国人旅行者は30%も増えたのに、ホテルでの宿泊は減少しているという。
民泊は匿名性が高いので、脱税が可能だ(フランスで民泊の儲けを確定申告しているのは15%)。警備もいらないし、衛生基準もないため、経費はさしてかからない。それどころか、犯罪に使われてもわからない。盗難、売春も起こるし、近隣の住人が騒音やゴミ出しで迷惑を被っている場合もある。去年のISテロの時、犯人の潜伏先は民泊だったという。
それでも日本が全面的解禁に向かっているというのは、手頃な値段のホテルが不足しているための緊急措置なのだろう。いまや、中国系民泊サイト大手2社の日本におけるビジネス規模が、Airbnbに迫る勢いだと聞くと、それで大丈夫なのかと懸念する。
民泊は旅館業法上の簡易宿泊所に統合され、自宅を使う民泊と、ビジネスとして展開する民泊も法制上分けるというが、それは本当に可能なのか。
規制がそれほど掛からず、経費が節減できる安い民泊が増えると、高級ホテルには何の影響はなくても、零細の旅館は太刀打ちできなくなる。
今年の2月、私のドイツの友人の娘と息子(大学生)が、友人3人とともに東京を訪れ、民泊を使った。新宿から歩いていける便利なマンションを、5人で丸ごと5日間借りて、一人1万円ほどしか掛からなかったという。この立地のホテルなら、一泊分にも満たない額だ。しかも、食事は外で買ってきてもいいし、自炊もできる。若い人たちが殺到するのは当然だろう。
次女が味わった「民泊の原点」
ヨーロッパには、昔から民泊の風習はあった。まだインターネットのなかった頃、安旅行者は、まず目的地の駅に着いたらツーリスト・インフォーメーションに行き、予算を言って宿を斡旋してもらった。そのときに、ホテル、ペンションとともに、民泊という選択肢が必ずあった。
私は、旅行先で民泊を選んだことはなかったが、ゲーテ協会でドイツ語講習を受けた4週間は、協会と契約していた家族の家に民泊した。田舎の大きな家の1室を借りるのだが、玄関だけは母屋と共有で、あとは独立しており、大変快適だった。大家さんの態度には、単にビジネスというよりも、留学生が早くドイツの生活に慣れるようにという配慮が感じられたのをよく覚えている。
ヨーロッパには今でも、ビジネスとはまったく別の、お金を一切取らない民泊もある。よく知られているのは、CouchSurfing(https://www.couchsurfing.com/)。Couchとはソファのこと。アメリカ人が2000年に始めたものらしく(正式には2004年から)、「応接間のソファでもよければ泊まってください」ということで、お金のやり取りはしてはいけない。
本来は、いろいろな国の若者の交流が目的なので、泊めるスペースがなければ、自分の街を案内してあげたり、お茶やご飯に招いたりするだけでもOK。2015年の発表では、1000万人の会員がいるという。
数年前、まだ学生だった次女が友人とチェコに旅行したときにこれを使った。私はもちろん、「そんな、誰だかもわからない人の応接間で泊まるなんて怖いからやめなさい」と言ったのだが、次女はいつものことながら私の忠告を無視して出かけ、無事に戻ってきた。泊めてもらった人が、次の機会は自分も誰かを泊めてあげたいと思うことで成り立つ仕組みだ。
その次女が今年はギルギスに行き、ホテルはおろか、民泊の制度もないようなところを旅した。道すがら土地の人に、「どこか泊まるところはありませんか」と聞いたら、「うちへいらっしゃい」と言われ、すごいご馳走で歓待されたという。ロシア語ができる友人が一緒だったので、そういうことも出来たらしい。
昔、人里離れたところを旅するとき、そうやって見ず知らずの人に助けてもらわずには、先に進むことはできなかった。また、一宿一飯を提供する側にとっても、異国から訪れた旅人がもたらす風聞は、娯楽であり、情報でもあったのだろう。
次女の話には、その面影がまだ残っているようで、これぞ民泊の原点であると感じた。
2016-07-18 19:23