睡眠薬は減らせる、休薬できる 寝ているのに眠れない?「睡眠状態誤認」にご用心

睡眠薬は減らせる、休薬できる寝ているのに眠れない?「睡眠状態誤認」にご用心
 成人の約20人に1人が睡眠薬を長期服用しているとのデータがあるほど、睡眠薬を常用している患者は多い。しかし、不眠症は不治の病ではない。適切な診断と治療により、睡眠薬の減量・休薬は可能だ。漫然とした処方から、休薬を見据えた不眠診療への切り替えが求められている。

「漫然とした睡眠薬の長期処方は改めるべき」と語る国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の三島和夫氏。
 「かかりつけ医自身、睡眠薬をどう減薬・休薬したらいいか分からず、漫然と睡眠薬の処方を続けている可能性がある」。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長の三島和夫氏は、こう指摘する。
 年々、睡眠薬の長期服用者が増え、また、一人当たりの服用量も増加している(図1)。特に、基礎疾患による不眠を訴える、50歳以降の中高齢者に処方される機会が多いようだ(図2)。その一方で、睡眠薬の長期服用に不安を感じている患者は少なくないようで、「多施設共同の調査では、睡眠薬服用患者の約45%は独自に断薬を試み、失敗している」(三島氏)。
 このような現状の中、2013年6月、「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン-出口を見据えた不眠医療マニュアル-」(関連サイト)が公開された。これは、厚生労働科学研究班・日本睡眠学会ワーキンググループ(委員長:三島和夫氏)が作成したもの。同ガイドラインは、漫然とした睡眠薬の長期処方を戒め、休薬を目指した治療戦略の基で、適切な睡眠診療を求めている。以下に、同ガイドラインや三島氏への取材を基に、不眠診療で陥りがちな5つの誤解をまとめた。

不眠診療で陥りがちな誤解◆その1 ×不眠症は治らない○早期に適切な治療をすれば治癒する
 不眠症は数カ月放置すると難治になりやすい。ガイドラインにも、「過去の疫学調査によれば、1カ月以上持続する慢性不眠症に陥ると、その後も遅延しやすく、きわめて難治性であることが明らかにされている」との記載がある。
 不眠症が難治になるメカニズムはこうだ。不眠は心理的ストレスをきっかけとして生じる。この心理的ストレスで眠れない状態が続くと、自然な睡眠が得られにくい体内環境ができあがってしまう。例えば、入眠前に生じるべき深部体温の低下が乏しくなり、体内に熱がこもって入眠が困難になる。また、入眠を妨げるストレスホルモンの分泌も増加する。慢性不眠症とは、このような体の変化が生じた段階と考えられている。
 ただし、このような体の変化が定着する以前、すなわち発症早期に適切な治療を行えば、慢性不眠症は防ぐことができる。また、睡眠薬の服薬によって眠れるようになった段階で、減薬・休薬は可能。そのため三島氏は、「不眠症は不治の病ではない」と強調する。
 「睡眠薬の服用に不安を抱く患者は多く、治療の機会を逃している例も少なくない。睡眠薬は早期に適切に使用すれば、中止できる薬剤であることを患者にきちんと説明してほしい」とも語る。
不眠診療で陥りがちな誤解◆その2 ×中途覚醒は治療が不十分だから○治療のゴールは日中QOLの維持
 不眠症の治療を行う上では、治療で目指す目標を明確にすることが重要だ。「不眠症における治療のゴールは日中QOLの維持。朝までぐっすり眠ることはゴールではない」と三島氏は注意する。
 若いときのように朝までぐっすり眠りたいと希望する患者は少なくないが、加齢に伴い中途覚醒の回数は自然に増加するもの。中途覚醒を不眠と考えるのではなく、加齢に伴う生理現象と受け止め、何時間寝られた、何回起きた、入眠にどれほど時間が掛かったということにも惑わされず、「頭を切り替えて、『日中の生活を支障なく過ごせれば、不眠症は解決してきている』と考えるべき」と言う。
 睡眠薬を減薬する場合も、指標とすべきは日中のQOLだ。眠れないことが日中の活動に影響を生じているかどうかを検討しながら、漸減する。
 複数種類の睡眠薬を併用している患者に対しては、半減期の短い薬剤から半錠ずつ徐々に減らして、常用量の単剤処方を目指す。その際、「半錠減らしたら、2週間程度は必ず様子を見てほしい」と三島氏はアドバイスする。
 減薬すると、ほぼ全ての患者が数日から1週間程度、「眠りが悪くなった」と訴えるが、この段階を乗り越えられれば、更なる減薬が可能になるという。患者には「最初は寝付きが悪くなるが、徐々に改善するので慌てないように」と説明した上で、減薬を試みるとよさそうだ。
 「患者は、薬をやめたがっている。減薬当初に、患者が不安感を募らせてパニックになりさえしなければ、その後の漸減は可能」と三島氏は断言する。
 一方、単剤投与の患者でも、半減期の長短にかかわらず、いきなり休薬するのではなく、服薬中の睡眠薬を漸減する。不安が強い患者では4分の1錠ずつなどゆっくり減らしながら、様子を見るとよい。
 十分に減薬したのちは、眠れないときに限って頓服させる。ただし、「服薬をゼロにしようとすると強い不安を感じる患者がいるので、患者の体調や性格なども十分考慮しながら、休薬のタイミングは慎重に検討してほしい」と言う。
 また、高血圧など眠れないことで悪化し得る基礎疾患を持つ患者でも、休薬のメリットとデメリットを十分に検討したい。三島氏は、「単剤投与で、かつ服薬量が増えていない患者であれば、無理な休薬で基礎疾患を悪化させるリスクをあえて取らなくてもいい場合もある」と患者ごとの評価を重視する。
不眠診療で陥りがちな誤解◆その3×「眠れない」との訴えで睡眠薬を増量○不眠症患者では「睡眠状態誤認」が生じやすい
 「睡眠状態誤認」をご存じだろうか。これは、脳波上は睡眠状態にあり、見た目も寝ているのだが、本人は眠っていないと感じるもの。三島氏は、「程度の差はあるが、不眠症患者のほぼ全員が睡眠状態誤認の状態にある」と説明する。
 この睡眠状態誤認を知らないと、「眠れない」という患者の訴えのままに、睡眠薬を増量したり、複数の睡眠薬を処方してしまいがち。定型的な薬物療法によっても不眠が改善しない患者では、睡眠状態誤認の可能性も念頭に、処方薬の増量や多剤併用を行う前に、睡眠ポリグラフ検査などによる不眠の評価をした方がよい。
 また、不眠を訴えるのは、不眠症患者だけではないことも念頭に置きたい。慢性不眠を訴える患者の約1割はレストレスレッグ症候群との報告もある。その他、睡眠障害は、周期性四肢運動障害、概日リズム睡眠障害、睡眠時無呼吸症候群などでも生じる。ガイドラインでは、定型的な治療がうまくいかない場合は、これら他の睡眠障害の可能性も再考すべきとし、専門医のセカンドオピニオンを求めることを推奨している。
不眠診療で陥りがちな誤解◆その4 ×痒みで眠れない患者に抗ヒスタミン薬○GLは第1世代の抗ヒスタミン薬は非推奨
 「痒みによる二次性不眠症に対して、催眠・鎮静作用の強い第1世代抗ヒスタミン薬を用いることは推奨されない」――。ガイドラインにはこう明記されている。さらに、第2世代抗ヒスタミン薬でも鎮静作用の強いものがあるため注意が必要、としている。
 その理由は、翌日に眠気が残り、仕事や学業に支障を来す副作用が目立つためだ。逆に、眠気の少ない抗ヒスタミン薬でも痒みが和らげばよく眠れて、翌日の活動が改善することも知られている。
 「アトピー性皮膚炎の小児に対して、第1世代の抗ヒスタミン薬を処方する医師は多いが、翌日への影響も考慮して薬剤を選んでほしい」と三島氏も呼び掛ける。
不眠診療で陥りがちな誤解◆その5 ×不眠症にはまずBZ系睡眠薬○第1選択薬は非BZ系もしくはメラトニン受容体作動薬
 ベンゾジアゼピン(BZ)系睡眠薬は、根強い人気を有する睡眠薬だ。「処方箋ベースでは、睡眠薬の約75%をBZ系睡眠薬が占めている」(三島氏)ほど、処方量は多い。
 しかし三島氏は、「副作用と効果のバランスを考えると、今後、第1選択薬としてBZ系睡眠薬を処方することは避けるべき」と訴える。新規患者に対する第1選択薬には、非BZ系睡眠薬もしくはメラトニン受容体作動薬を用いるべきとの考えだ。
 常用量のBZ系睡眠薬でも、長期服用した後では、休薬時に強い不眠や発汗、知覚過敏などのリバウンドが生じることがある。同一力価の非BZ系睡眠薬に切り替えても、このリバウンドは生じ得る。「BZ系睡眠薬と非BZ系睡眠薬では受容体の選択性が異なるため、BZ系睡眠薬を休薬するために非BZ系睡眠薬を使っても、不眠以外のリバウンドは予防できない」と三島氏は顔を曇らせる。
 ガイドラインでも、「高齢者の原発性不眠症に対しては非BZ系睡眠薬が推奨される」とし、「BZ系睡眠薬は転倒・骨折リスクを高めるため推奨されない」としている。非BZ系睡眠薬は、BZ系睡眠薬と同じ催眠効果を有し、かつ、耐性が形成されにくいことが分かっている。リスクとベネフットを比較し、減薬・休薬を念頭に置いた上での薬剤選択が求められている。
2015-06-12 17:51