“ 私には自分の原点のような経験があるんです。63年前、看護学校を卒業して10日目に、背中に脊髄腫瘍を持った、もう死にかけているような女の子が入院してきたの。トシエちゃんといって、手術のために病院を転々としていて。すごい悪臭で、あの頃はまだ戦後でお風呂もちゃんと出来ていなかったんでしょうね。垢が鱗のように固まっていた。そしてこちらの顔を見ようともせずに、「痛いよ」「痛いよ」「だるいよ」「だるいよ」しか言わないのね。 「私に出来ることは何かしら?」と。お風呂に入れない患者さんの身体を拭くベッドバスの実習を

私には自分の原点のような経験があるんです。63年前、看護学校を卒業して10日目に、背中に脊髄腫瘍を持った、もう死にかけているような女の子が入院してきたの。トシエちゃんといって、手術のために病院を転々としていて。すごい悪臭で、あの頃はまだ戦後でお風呂もちゃんと出来ていなかったんでしょうね。垢が鱗のように固まっていた。そしてこちらの顔を見ようともせずに、「痛いよ」「痛いよ」「だるいよ」「だるいよ」しか言わないのね。
「私に出来ることは何かしら?」と。お風呂に入れない患者さんの身体を拭くベッドバスの実習を学校でよくやっていたので、それだったら出来るなと。でも脈を診ると、身体を拭くのもためらわれるほど悪かったので、お湯を少しぬるくして石鹸で足だけ洗ったんです。そうしたら真っ黒だったところから、ソックスを脱がしたようにツルッとした足が出てきて。その日はそこまで。結局1週間かけて、全身を少しづつ丁寧に拭いていったんです。
 そして1週間目の朝、それまでシワシワの汚い顔で、お婆さんのようなしかめっ面をしていた彼女が、垢の落ちたピンク色のほっぺを見せてにっこり笑ってね。「看護婦さん、お腹がすいた~」って言ったんです。まだ食糧難だったからご飯なんて余っていないけど、術後で食べれない子どものが少し余っていたのでそれを二さじもらってお粥を炊いて。それを「美味しい」って食べてくれたのね。
 入院してきたときの彼女の身体は末期的でした。脈も「ダダダダダーッ」という具合で、もう死んでしまいそうな状態だった。だけど驚いたことに、その脈が戻ったんです。そしてニコニコ笑いながら、それから3ヶ月くらい元気に生きたんですよね。
 「あれはいったいなんだったんだろう?」って、ずっと不思議に思っていて。10年くらい経った頃に、「彼女の生命を脅かしていたのは腫瘍もさることながら、それ以上にあの全身を覆っていた垢で、それを取り除いたことで生命が活き活きと動き出したんだな」と思うに至りました。
 交感神経が緊張するとストレスになるわけだけど、副交感神経が優位になると、すべての臓器がゆっくり動くようになる。肺も心臓もみんなゆっくり打ちます。でも消化器だけは活発に働く。だからトシエちゃんは「お腹すいた」と言ったんです。唾液が出て胃液が分泌されたから。看護というのは副交感神経優位のケアなんです。
 あと副交感神経が優位になると、ナチュラルキラー細胞が活性化して免疫力が高まる。つまり自然治癒力が高まってゆくんですよ。
 看護は痛くないし、苦しくないし、安心して、気持ち良く治るんです。副作用や習慣性の心配も要らない。「注射をして、採血して、血圧を測る」のが看護師のようになってしまっているけれど、そうじゃない。
 私はトシエちゃんのことを通じて、「熱湯とタオルがあれば命だって救える」と思った。それくらい看護の力ってすごいと思うんですね。「看護師はもっと看護に集中しなさい」と私は言っているんです。看護師が看護を実践して、さらに各家庭の人たちもそうしてゆくと、日本の医療費はすごく減ると思う。
 私は極端に言うと、病気を抱えている人の6割は看護で治せると思います。お金にならないだけで。何年か前、「看護のみの5ベッドくらいの病棟をつくってほしい」と頼んだことがあるんですよ。看護だけだと病院は儲からない。けど最低限の入院費はいただけるので、一日に500ccくらいの点滴と、あとは看護だけで治してみたいって。アメリカには実際に、リハビリと看護だけを行うセンターがあったんです。すごく乗り気になってくれた先生もいたけれど、現行の医療法では駄目なの。